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Pain & Gain:痛みの金銭的価値

📖 文献情報 と 抄録和訳

人間の意思決定における痛みの回避価値

Slimani H, Rainville P, Roy M. The aversive value of pain in human decision-making. Eur J Pain. 2022 Mar;26(3):668-679.

🔗 DOI, PubMed, Google Scholar

🔑 Key points
- 本研究は、人々が異なる強さの痛みを避けるためにいくら支払うかを示す痛みの価値関数を説明するものである。
- この関数は曲線的であり、同じ単位の主観的痛みでも、痛みが強い場合と弱い場合では、より大きな価値を持つことが示唆された。
- さらに、痛みの価値は、報酬分布の実験的操作や、疼痛回避と持続の個人差の影響を受けることがわかった。
- 以上のことから、本研究は、主観的に経験された痛みがどのように価値を付与されるのかについて詳細に説明することができる。

[背景・目的] 痛みを避けるか、競合する報酬を追求するかを決定するためには、痛みに抽象的な価値を与え、競合する財の価値と交換する必要がある。我々は、主観的に知覚される痛みとその価値の関係を評価するために、金銭的報酬と引き換えに、異なる強さの痛みを伴う電気ショックを受け入れるか拒否するかを決める実験を行った。

[方法] 参加者(n = 90)は3つのグループに分けられ、異なる分布の金銭的報酬にさらされた。金銭的報酬は、第1群と第2群ではそれぞれ0ドルから5ドルまたは10ドルまで直線的に分布し、第3群では0ドルから5ドルまで指数関数的に分布した。痛みの提示は、電気刺激によって行われ、痛みの検出から痛みの許容閾値までの範囲であった。痛みの価値は、与えられた報酬で一定レベルの痛みを受け入れる確率が50%に相当する無差別点を特定することで評価された。

[結果] 痛みの価値は、予想される痛みの強さの関数として二次関数的に増加し、金額提示の平均と標準偏差に対して相対的であることがわかった。さらに、意思決定時間は、受容された痛みの刺激の強さの関数として増加した。最後に、疼痛回避と持続に関連する心理的特性の個人間差が痛みの価値に影響を与えることがわかった。

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✅ 図1. (左図)電気刺激と疼痛レベルの関連性は直線的、(右図)疼痛レベルと金銭的価値の関連性は曲線的。※この図は論文を参考にSuper Humanが作成したイメージ、あくまで傾向を反映した大まかな図。細部は原典を要確認。

[結論] これは、痛みの価値が曲線関数に従うこと、競合する金銭的報酬の平均値および標準偏差と相対的であることを初めて示したものである。これらの新しい知見は、痛みの回避と報酬の獲得との間で意思決定を行う際に、痛みがどのように価値を付与されるかの理解に大きく貢献するものである。

🌱 So What?:何が面白いと感じたか?

いまからの議論の前提知識として、順序尺度と連続変数(比例尺度と間隔尺度)について共有したい。

✅ 前提知識:順序尺度・比例尺度・間隔尺度とは?
- 順序尺度:順序尺度は値の大小関係には意味があったが、値の差の大きさには意味がない(例えばMMTなら2と4で、後者の方が2大きいという解釈には意味がない)。
- 連続変数(間隔尺度):値の大小関係と値の差の大きさに意味があり、値0は相対的な意味しかもたない。たとえば、「気温」。気温が5℃と10℃では後者の方が「気温が高い」と判断できる。また、10℃と30℃であれば、前者よりも後者の方が「20℃高い」という風に値の差に意味がある。気温0℃は「気温がない」わけではなく、0℃というのは相対的な意味を持つことになる。
- 連続変数(比例尺度):値の大小関係と値の差の大きさ・比に意味があり、値0が絶対的な意味をもつ。たとえば、「身長」。150cmと180cmでは「値の大小関係」も分かり、「値の差の大きさ」も30cmと意味がある。また100cmと200cmであれば、「後者は前者の2倍」であると解釈でき、比にも意味を持つ。間隔尺度は比に意味はなく、例えば気温は5℃と10℃で2倍になったとは言えない。
● 参考サイト >>> site.

さて、セラピストは、疼痛評価に対する認識をいま一度改める必要がある。
その強いメッセージを、今回の論文から受けた。
臨床上、使用頻度の高いNRS(numerical rating scale)にせよ、VASにせよ、連続変数的に捉えていると思う。
僕もそうだ。
実際に、図1の左図が示すように、疼痛強度としてはそうなのだ。
だが、当事者にとっての疼痛の『価値』、これは連続変数的ではなく、順序尺度的だ。
すなわち、差が意味を持たないのだ。次の図を見てほしい。

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NRS4→3への『1』の疼痛軽減と、NRS8→7への『1』の疼痛軽減。
同じ『1』の差だが、その価値は等しくない。
疼痛領域が重度に移るにつれ、『1』の価値は大きくなる

アイントシュルツの法則というものがある。

✅ アイントシュルツの法則とは?
弱い刺激をすることで神経機能を喚起し、中程度の刺激で神経機能を興奮させ、
強い刺激は神経機能を抑制し、最強度の刺激で静止する方法である。
~Wiki~

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当然だが、強い疼痛強度は「構造的な破壊」をもたらす可能性が高くなる。
これが、なぜ疼痛強度『1』の価値が領域によって変わるのか、という問いに対する1つのアンサーだと思う。
すなわち、不可逆をもたらす可能性の高い危険な痛みには、微細な増悪にも重大な価値を持たせている
人間に組み込まれた、逃避本能、というやつか。

確かにNo pain, No gain!な世の中だ。
痛みを覚悟しなきゃ、得られるものは少ないかもしれない。
好きな言葉の1つ、ですらある。
でも、Painの範囲は、中等度以下にしておくがいい。
生きものとしての本能が、価値が、そう語っているのだから。

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