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インド人の匂いから思い出すあれこれ

インド人とすれ違ったとき、ああインドだなと思う。スパイスらしき強い匂い。ただそれだけなのにインパクトが強い。インドの空港に降り立ったとき、インド系の飛行機に乗った瞬間、嗅覚は日常にない匂いを察知し、記憶の出し入れをはじめる。異物に感じるか親しみに感じるかは、食べ物と関係があるんだと思う。少なくとも私にとってはそうだ。食べものが人の匂いになり、人が集まれば環境の匂いになるのだろうから。

知覚は成長するから、違和感は親しみにも変わる。例えば、インド料理は日本人にとってはほとんどがカレーというカテゴリーだ。スパイスの配合や素材で変わる味の違いは、最初はさほど感じない。むしろ、その強い味と刺激が胃腸にこたえ、味わうどころではない人も多いだろう。私の体も最初は試行錯誤していた。胃の調子が悪いと、料理の上に刻みネギのようにかけられているパクチーの香りに絶望的な気分になったこともある。

しかし、インドに住み、現地の味に体も慣れてくると、世界は大きく広がる。新鮮なスパイスが使われる現地の料理はほんとうに美味しい。微妙な違いを感じられるようになると、お気に入りができてくる。お気に入りの料理ができてくると、つくる人によって味が違うこともわかってくる。お気に入りの店や料理人が思い浮かぶようになると、インド料理も匂いも自分の一部になり、心地よい記憶として格納される。

そして住んでみてわかることのひとつは、日本同様、家庭料理や手作りの弁当はレストランなどで出される料理よりも優しい味だということ。インド人のお弁当をわけてもらったり、家庭に呼ばれるとほっとする味に巡り合う。「毎日食べ続けられる味」「家庭の味」という概念を体で体感する。

私にとって最高のインド料理は Jさんの奥さん手作りのSarson ka Saag だ。冬のパンジャブ料理で、カラシ菜系の葉野菜をペースト状にしたカレーだ。彼女のつくるそれは、ホイップのようにクリーミーで、上品な香りで優しい味、舌の上でとろける感覚が秀逸だ。静かに上品にほほ笑む彼女のよう。レストランで出てくるものとは全然違うし、他のパンジャブ地方出身の家庭のそれとも違う。香りは似ているから、基本のスパイスは同じなのだろうけど、彼女の Sarson ka Saag と似たものに出会ったことはない。

他のインド人から教えてもらったのだが、葉物の野菜のカレーを滑らかに仕上げるためには伝統的には鍋を火にかけたまま焦がさないように何時間も攪拌を続けるのだそうだ。手間をかけた料理は贅沢な料理。現代はブレンダーがあるが、以前は女性がその手間をかけていた。

その土地で創意工夫が続けられてきた文化のひとつが料理。日本では好みの醤油や味噌があるように、インドでは各家庭でスパイスの好みがある。そして、料理をする人の人柄が出る。例え料理をサーバントに作らせていたとしても、好みの味になるように指示を出すのは一家の女性だ。

日本では加工食材が多く売られているが、インドではまだ手作りのものを多く楽しめる。是非試してもらいたい。地域ごとに料理の特徴が違うほか、五つ星ホテルのレストランも、地元の人達に人気のレストランも、フードコートも、屋台も、家庭も、それぞれに違う美味しさがある。

もしインド料理のスパイスが刺激的すぎるなら、ヨーグルトドリンクであるラッシーを一緒に注文することをおすすめする。また、ヨーグルトが料理と一緒に出て来ることがあるが、デザートではない。料理に混ぜたり、口直し的に食べる。乳製品は胃をほっとさせてくれる救世主だ。

ネギ的付け合わせとしてパクチー(コリアンダーの葉)が料理の上に乗ってくることもよくある。苦手なら入れないように頼めばいい。インドでは何事も交渉可能なので、遠慮せずにカスタマイズをお願いしたらいい。嫌な顔をされることはまずない。

インド料理を楽しめるようになると、インドやインド人の匂いへの感覚が変わるかもしれない。

異物から親しみへ。


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