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小説|記憶

冬は嫌いだ。綺麗な雪は決してその場に留まろう

とせずに消え去ってしまう。その光景を見る度に

何かを失ってるような気配がする。雪が消え去り

春になった時に咲く桜はまるで雪の記憶を消し去

ろうかとしてるようにも見えた。消えた雪にでも

弔ってるつもりなのだろうか。昔から冬が来る度

に私、山田春はそう思う。冷たくでも綺麗に降る

雪を教室の窓ガラスから見下ろす。寒いのも冷た

いのも嫌いだ。人間もしかり。そんな姿を見るの

は人間だけでいいのだ。季節すらもその嫌な姿を

見せてくるのか。鬱々気味に優等生のふりをしな

がら毎日を繰り返している。


高校2年生になって進路で話が持ちきりだ。友達の

ゆめだっけ、いや結だったかな。よく話しかけて

くれる陽気な友達と表現していいのか分からない

知人もまた進路の話をし始めた。

「春は、進路どうする?私は看護師かな。収入安

定してるし」

そんな聞き飽きた話ばかりをしてくる。私は友達

の仮面をかぶりながら適当に嘘で塗り固めた普通

の姿で普通の未来を皆と語り尽くす。

「私は助産師かな?子供が生まれる瞬間って素敵

じゃない。そんな瞬間に立ち会えるなんて奇跡だ

と思うし」そう言うと結は

「春らしいなぁ。春ならきっとなれるよ」

笑顔で私のことを知り尽くしたかのような顔でそ

う言う。空笑いがつい出てしまう。誰も私を知ろ

うとしてくれないか。私が知ろうとしてないから

か。私は適当に時間を委ねて遅れをとるんだろう

な。春の名前と同じように常に新人姿のように同

じ所に留まり続けるだろうな。そんな未来に希望

すら見つけられない。生きることに希望が持てな

くなったのはいつだったけな。子供の誕生を喜ぶ

なんて自分で言って笑う。生まれてきたことすら

後悔してる私ができる仕事でもない。自嘲的に過

ごす毎日。生きることに飽きてきた、毎日同じこ

との繰り返し。同じことを言っては家に帰ってく

る。春にはそれだけでも死ぬ理由にもなれた。ま

してや春が嫌いな冬だ憂鬱になるに決まってる。

しかしそんな春にも死ねない理由があるのだ。


バスに乗り目をつぶり好きな音楽を聞く。その瞬

間が私にとって、自由を感じれる瞬間だった。音

楽を聴きながら活気溢れる夏を思い出す。ジメジ

メして暑いけども皆楽しそうに笑顔で溢れてるそ

んな夏を空想する。そうやってるうちに気づいた

ら目的地のバス停まで着いた。バスから降り、

帰宅途中に母から頼まれた買い物を済まし家へと

目指す。


「ただいまー」

気怠げに響いた声に返答など返ってこなかった。

不満などはない。寂しさだけが残るけれど母は女

手1つで私を育ててくれてた。母は仕事で忙しいの

だ。母は私のために辛い仕事や家事をしてくれ

る。こんな私にだ。こんな私が生き甲斐なのだ。

生き甲斐の私が死んだらきっと母はきっと苦しむ

だろうな。そう思うと私は今の現状が辛くて死ん

だとしても死にきれない。父はたしか私が物心つ

く前に亡くなったと聞いた。病死だそうだ。記憶

はないけれどたぶんその時が幸せだったと思う。

母からはよく仏壇の棚の中は辛い時があったら開

けなさいと昔、おとぎ話みたいなことを言われて

たのを思い出した。父がどういう人なのかとか考

える暇もなかったので開けようとすらしたこと無

かった。亡き人の仏壇を前に好奇心に触るとバチ

が当たると感じていた。だがこの際もうどうでも

いいと思った春は仏壇の棚の中を開けることに。

棚の中には何があるのかと、妄想にふけながら

開けてみると一通の手紙だけがあった。

落胆しつつ手紙の表紙を見ると、「春へ」と書か

れていた。

見慣れない字を前に春はこれが父親の字なのだと

確信した。
 

「春へ

この手紙を読んでるということは辛い局面に合っ

てると思う。私が人助けとはらしくないが、親と

して最後に残すべきものは何かと考えると辛い時

に支えることだと考えた。だけど、ごめんね。こ

の文章の中でしか私は生きれないんだ。だから今

ここで記す言葉は春にとっての最初で最後の父の

記憶になるかもしれない。これまで辛いことの連

続だったかもしれない。人の賞賛の為に生きるこ

とは時には生きがいを感じるかもしれない。だが

疲れ果てるまで立ち向かった自分を称えなさい。

出来ることの多さより出来なかったものの数を数

えなさい。それほどの失敗を繰り返しそれを振り

切った自分を数えなさい。その数字を見る度誇り

になる時がきっと来る。失敗から学べるない時も

ある。それでも生きる活力になれる時がある。

時には情報に溢れ見たくないことや聞きたくない

ことが嫌にも自分に入ってきてこびりついて死に

たくなる時もあるだろう。でも生きる価値は降り

積もった季節が教えてくれる。

山田 冬也より」


冬は春によって引き継がれていく。私はきっとお

父さんのその意志を引き継ぐために今を生きてい

るのだろう。春の心の中には綺麗で永遠に溶けな

い雪が降った。私にとって冬は失った気分にさせ

る季節ではなく思い出すべきことを気づかせてく

れた季節になった。雪は冷たいものじゃなかった

温かいものだったんだ。




今年の冬は雪が積もりそうだなと春は思った。
きっと父との忘れない記憶になるだろう。


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