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◎脇役列伝その1:藍思追(2−1)

(画像はアニメ『魔道祖師』前塵編二話より 大梵山石窟内部の様子)

 大梵山[だいぼんざん]の麓にある小さな町・佛脚鎮[ぶっきゃくちん]では、七人もの人間が「失魂症[しっこんしょう]」にかかっていた。原因となった食魂獣[しょっこんじゅう]あるいは食魂殺[しょっこんさつ]を退治しようと、町には大勢の修士たちが集まっていた。
 藍思追も、兄弟子である藍忘機に連れられて、仲間の少年たちと共に大梵山へ来ていた。そんな中、言い争う声がして、藍忘機は仲裁のために割って入る。遅れて駆けつけた思追たちはそこに、雲夢江氏[うんぼうジャンし]の宗主・江澄[ジャン・チョン]と蘭陵金氏[らんりょうジンし]の若い公子・金凌[ジン・リン]、そして莫玄羽(魏無羨)がいるのを見る。

 大梵山に来た江澄の狙いは、甥である金凌に夜狩[よかり:あちこちを旅して妖魔を退治すること]の経験と成果を積ませるためだった。そのため、他世家の修士たちが邪魔をしないよう、山中に縛仙網[ばくせんもう:金色に輝く巨大な網で、高級な仙器でしか切断出来ない]を四百枚以上仕掛けていた。

 藍忘機の目配せを受け、藍思追は一歩前に出て金凌に話しかける。
「金公子、夜狩は本来、仙門各家が公平に競い合うもののはずです。ですが、金公子が大梵山の至る所に網を張ったせいで、他世家の修士たちは動きを阻まれ、網にかかることを恐れて先に進めずにいます。これは夜狩の規則に反しているのではないでしょうか」
 金凌は冷ややかな表情で、
「バカな奴らが勝手に罠を踏んだだけじゃないか。俺は網を外すつもりはないからな。まだ何か言いたいことがあるなら、俺が獲物を捕まえたあとにしろよ」
 と言うが、この発言が気に入らなかった藍忘機によって禁言術[きんげんじゅつ:藍家の懲罰の一つで、これをかけられると口が開けられなくなり声も出せなくなる。藍家の者にしか解くことができない]をかけられ、続きを話せなくなってしまう。
 江澄は憤って、「貴様! どういうつもりだ。金凌はお前に躾けられる筋合いはない。さっさと術を解け!」と。
「江宗主、落ち着いてください。彼が強引に術を解こうとしなければ、一炷香[いっちゅうこう:線香一本を焚く時間]で自然と解けます」と思追は答えた。

 そこへ江氏の校服を着た者が走ってきて、「先ほど青色の剣が一本飛んできて、宗主が設置した縛仙網が破壊されました」「……全部です」と告げる。青色の剣というのは、藍忘機の持つ「避塵[ビチェン]」のことだ。
 江澄は憤慨するが、立場を思い出して何とかこれを抑え込み、金凌に再び狩に行くよう命ずる。
 思追は礼儀正しく、「江宗主、壊した縛仙網は姑蘇藍氏が全数弁償させていただきます」と申し出るが、江澄は冷笑して「必要ない!」と言いきり、金凌とは逆の方向へ下山していった。
 思追は莫玄羽(魏無羨)に向かって浅く笑いかける。
「莫公子、また会いましたね」
 だが藍忘機は「ーー夜狩だ」と告げ、藍家の少年たちは大梵山へ来た目的を思い出す。「全力を尽くしなさい。だが、無理は禁物だ」。低く重厚な藍忘機の言葉に、少年たちは礼儀正しく「はい」と答え、すぐさま山奥に向かって歩き出した。

 思追たちはまず墓地を調べるが収穫はなく、天女の祠へ移動して手がかりを探していた。
 天女の祠は、一体の「舞天女[ぶてんにょ]」を祀った場所で、一丈[およそ三メートル]余りも高さがある自然が生み出した石だったが、四肢があり、踊っている人間の姿に見え、さらに頭部には目や鼻や口なども微かに存在していて、まるで微笑んでいる女のようだった。
 石窟の内部は寺院のように広く、地元民の話では御利益があるとのことだったが少し廃れた印象だ。
「七人も続けて失魂症になったのは、雷が墓地に落ちて、棺から凶暴な殺鬼が出てきたせいだと皆噂していたから、怖くて誰も山に登ってこれなくても当然だよ。お参りが途絶えたら、掃除する人もいなくなる」
 思追が言うと、嘲るような声が石窟の外から響いてきた。
「誰かが勝手に祀り上げただけのボロ石のくせに、よくも人々を跪かせてきたもんだよな!」
 金凌だ。金言術の効果は切れたらしい。

「もし本当にご利益があるっていうなら、今俺が『この大梵山で人の魂魄を食べていたモノを、今すぐ俺の目の前に出せ』と願ったら、叶えてくれるんだろうな?」
 金凌の言葉に、彼の後ろにつき従っていた他の小さな世家の大勢の修士たちが大笑いして賛同した。石窟の中は一気に賑やかになり、狭くなったように感じる。
 思追は人知れず頭を横に振り、内部を見渡して、天女像の顔で視線を留めた。慈悲深さが滲み出た笑顔のように見え、その笑顔はなぜかよく知っているようなーーいや、まるでどこかで会ったことがあるような気さえした。ーーでも、いったいどこで会ったんだろう?
 思追は天女像の顔をもっとよく見ようと神座に近づいたが、その時、誰かが彼にどんとぶつかってきた。振り向くと、彼の後ろに立っていた修士が声もなく倒れたようだった。皆、一斉に辺りを警戒する。
 思追は剣を握ったまま体を屈め、倒れてきた者を調べた。一見するとただ眠りに落ちただけのように見えるが、いくら叩いたり声をかけたりしても、目を開ける気配がない。
「これはまるで……」

(◎脇役列伝その1:藍思追(2−2)へ続く)


 藍思追が似ていると思った顔は、二人目の被害者となった阿胭[アーイェン]という娘だろう。魏無羨が出会った時の彼女は、顔に不気味な慈愛を帯びた笑みを浮かべたまま、踊り続けていた。何故似ていたのかは、2−2の中に出てくるのでお読み頂きたい。

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かんちゃ
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