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◎脇役列伝その1:藍思追(4ー5)

(◎脇役列伝その1:藍思追(4ー4)の続き)
 そんな時、通りのずっと先の方から、慌ただしく走る音と苦しげな息が聞こえてきて、少女の幽霊が突然ふっと消えた。

 莫玄羽(魏無羨)が一旦外した木板を元に戻し、世家公子たちも皆窓に近づいてその隙間から外を覗く。
 だんだんと濃くなり始めた白い霧の中から追い詰められた様子の人影がこちらへ走ってくるのが見えた。
「例の覆面の男(墓荒らし)か?」
 藍景儀の問いかけに、藍思追は声を落として答えた。
「違うと思う。あの男とは身のこなしが全然違う」
 後ろからは彷屍の群れが追いかけてきていて、男が剣を抜いて応戦すると、聞き覚えのある「プシュプシュ」という奇妙な音が聞こえてきた。

「莫先輩、私たち、あの人を……」
 見かねた思追が小声で言いかけた時、また新たな彷屍の群れが近づいてきて、彼が苦し紛れにまた剣を一振りして斬ると、大量の彷屍の毒が爆発したかのように一気に噴き出した。かなりの量を吸い込んでしまったらしい彼は、立っているのがやっとのようだ。

 莫玄羽(魏無羨)は窓から離れて部屋の奥へ歩いて行き、金持ちの家の侍女に見える双子の紙人形に、自分の血で瞳を入れる。
「明眸は恥じらいに閉じて、赤い唇は笑みにほころぶ。善悪を問わず、点睛の招きに応じよ」
 すると、どこからか陰気を帯びた風が吹き込んできて一瞬で店の中を満たし、少年たちは思わず手に持った剣を握りしめた。
 唐突に、双子の紙人形は全身を振るわせ、「ふふふっ」という笑い声が、彼女らの真っ赤に塗られた唇の間から響いてきた!
 ーー点睛召将術!

「生きている人間だけ中に連れてこいーーその他は残らず消せ」
 莫玄羽(魏無羨)が命じると、紙人形たちは外へ飛び出し、紙の袖が鋭利な刀と化したかのようになったそれを振り回して、彷屍の群れを切り刻む。
 彷屍たちに完膚なきまで勝利すると、屍毒を受けて戦えなくなった黒ずくめの男を店の中に運び込み、再び外に飛び出して、自然と閉じた扉の左右に屋敷を守る石像のように佇み、元通り沈黙した。
 屋内にいた世家公子たちは、一連の出来事に呆然として言葉もなく目を瞠るばかりだった。
 彼らは今まで邪道に関する話を聞いて、過ちだとわかっているのになぜそれを修行したがる者がいるのか理解できなかった。今初めてその業を目の当たりにして、確かに人を魅了する計り知れない何かがあることを知った。

 思追は率先して手伝おうと、助け出した黒ずくめの男を支えるために近づいたが、莫玄羽(魏無羨)に止められる。屍毒の粉にあたるからだ。
 だんだん意識がはっきりしてきたらしい男は、吸い込んだ屍毒が広がらないよう手で口を塞ぎつつ、「あなた方は、どちら様ですか?」と消え入りそうな声で聞いた。
 彼の目の辺りには分厚く白い包帯が巻かれていて、盲人であるらしい。
 金凌は男が悪人かもしれない可能性を指摘し、男は「その通りだ」と外へ出て行こうとする。思追は慌てて場をとりなすように言った。
「でも、この方が悪人じゃない可能性もありますし、とにかく、見殺しにするのは藍家の家訓に反します」

 なおも憎まれ口を叩く金凌に、景儀は言い返そうとして途中で言葉が出なくなった。卓の横に立てかけた黒ずくめの男の剣が目に入ったからた。
 巻きつけられていた黒い布が下にずれて、鞘に納められた精巧な造りの剣が半ばまで現れていた。
 莫玄羽(魏無羨)は咄嗟に何か口走りそうになった景儀の口を塞ぎ、同じく驚いた顔をしている少年たちにも声を出さないように合図する。
 金凌は声に出さず口の形だけで言葉を伝え、埃まみれの卓にその文字を書いた。
『霜華[シャンホワ]』
 暁星塵[シャオ・シンチェン]の剣だ。

(以下、◎脇役列伝その1:藍思追(4ー6)に続く)


 ここで、暁星塵について説明しておこう。
 藍思追が出てこないので一連の記事では載せていなかったが、小説の「第七章 朝露」で、藍忘機が語る過去の事件に出てくる人物だ。

 暁星塵は抱山散人[ほうざんさんじん:世を離れ山に籠って修行を続けている、生きていれば既に数百歳になるという道士。魏無羨の母の師]の弟子だったが、十二年前、十七歳の時に下山する。
 下山して初めての夜狩で名をあげ多数の仙門から声がかかったが、全て断り、親友の宋嵐[ソン・ラン]と一緒に血縁に寄らない仙門を作ることを目指していた。
 視力を失った親友を治すため抱山散人に助けを求め、その後は盲目の道士として暮らしている。
 なお宋嵐は、薛洋[シュエ・ヤン]が起こした櫟陽常氏[れきようチャンし]一族皆殺し事件に暁星塵と共に関わり、薛洋の恨みを買って、彼の毒薬により失明した。
 視力を取り戻し、抱山散人の山から下山した後は、暁星塵を探している。

 魏無羨の死んだ後の事件なので彼は知らなかったが、邪祟と化した左手の謎を追って藍忘機と共に櫟陽に行った際に聞いた。忘機も、当時は戒鞭の傷によって寝込んでいたため、事件に関わっていない。
 なおその時、残されていた陰虎符の半分から、薛洋が残りの部分を作り出し、死人を使役していた話も聞いている。
 「櫟陽常氏一族皆殺し事件」は有名な事件なので、修真界の者たちは事件やそれに関わった人物たちのことを皆よく知っている。
 暁星塵の剣「霜華」は、仙剣図録や名剣図鑑にも載っている有名な剣。

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かんちゃ
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