◎脇役列伝その1:藍思追(4ー8)
(◎脇役列伝その1:藍思追(4ー7)の続き)
例の少女の幽霊が、突然ある棺の上にふっと姿を現した。
少し前に莫玄羽(魏無羨)に言われ、少年たちは既に少女の容貌を細かく観察していたので、血を流す両目や舌を抜かれた口内を見ても、それほど恐怖を感じなかった。
少女は棺の蓋を叩いたり、身振り手振りで何かを伝えようとしてくる。今度の動きはかなりわかりやすく「開けて」という動きだった。
「もしかしたら、この中には彼女の遺体が置かれていて、私たちに埋葬して欲しいんでしょうか?」
藍思追は状況からそう判断した。莫玄羽(魏無羨)は万が一を考え、一人で棺を開け、蓋を地面にゴトンと落とす。
そこにあったのは、年若い男の遺体だった。全身を真っ白な道服に包み、秀麗な顔立ち。顔の上半分には白い包帯が幾重にも巻き付けられていて、包帯の下には両の目玉はなく、ただの空洞しかないことが見てとれた。
この死体こそが本物の暁星塵だと、言葉もなく全員が理解した。
少女は死体の顔に触れると、地団駄を踏み、失明した両目から血の涙を流した。ひとしきり静かに泣いたあと、突然憤りながら立ち上がり、彼らに向かって「ああ」「ああ」と声を上げる。
「また問霊しますか?」
思追が申し出たが、莫玄羽(魏無羨)は首を横に振った。彼女が望んでいる質問ができるかわからないし、その答えも複雑で理解が難しいだろう、と言う。
思追は自らの未熟さを申し訳なく思い、心の中で密かに決意した。
(帰ったらもっと「問霊」の修練に励まないと。含光君のように淀みなく弾けて、手際よく問答し、解読するだけでなく、状況の把握もできるようにならなければ)
莫玄羽(魏無羨)は「共情しよう」と言う。共情は怨霊を直接体に招き入れ、術者の体を媒介にその魂魄と記憶に侵入し、生前見たり聞いたり感じたことを知る術だ。簡単だが危険も多いため、異変を感じた時に共情者を共情から引っ張り出す監督者が必要だった。
莫玄羽(魏無羨)はその監督者に金凌を指名した。金凌は鬼道の術を極端に嫌っているためやりたがらない。
「金公子がやらないなら、私がやります」と思追が進み出る。莫玄羽(魏無羨)は金凌に「銀鈴を持ってきているか?」と尋ね、彼がそれを取り出すと、莫玄羽(魏無羨)は銀鈴を思追に渡す。
だが、その様子を見ていた金凌は「やっぱり俺がやる!」と奪い返し、「やるって言ったり、やらないって言ったり、気まぐれなお嬢様かよ」と景儀がちくりと言って鼻を鳴らす。
ややあって。莫玄羽(魏無羨)の異変に気づいた金凌が銀鈴を振った。少し経ってから、ようやく莫玄羽(魏無羨)が棺を伝って立ち上がる。少女の幽霊もまた彼の体から出て、同じように棺の反対側にしがみついていた。
少年たちは仔豚のように一斉に押し寄せ、彼らを取り囲むと、騒がしく話し始めた。
「起きた起きた!」
「よかった。バカにはなっていないみたいだ」
「もともとおかしかったんじゃないのか?」
「でたらめ言うな!」
莫玄羽(魏無羨)は「騒ぐな。頭がくらくらする」と宥め、彼らはぴたりと口を閉ざした。莫玄羽(魏無羨)は棺の中に手を伸ばし、暁星塵の道服の襟元を少し開けた。そこには、首の致命的な箇所に、細い傷跡があった。
少女は棺に寄りかかってその中に横たわる亡骸に手を合わせ、それからしきりに莫玄羽(魏無羨)に向かって拱手した。それから竹竿を剣のように持ち、「やっつけてやる」という仕草をした。
「安心しろ」
莫玄羽(魏無羨)は彼女に頷いて見せてから、少年たちに向き直った。
「お前らはここに残れ。。町の彷屍はこの義荘には入ってこないはずだ。俺はちょっとやることがあるから」
景儀や金凌は何があったか聞きたがったが、莫玄羽(魏無羨)は「長くなるから」と答えなかった。
「これだけは言える……薛洋は、絶対に生かしてはおけない」
莫玄羽(魏無羨)が去ってしばらく経つと、義荘の扉が開き、誰かが中に入ってきた。世家公子たちはそれが先ほど自分たちを襲った宋嵐だとわかると、皆剣を抜いて一か所に固まり、警戒しながらその凶屍を睨みつけた。
宋嵐は暁星塵が眠る棺のそばに立ち、俯いて中をじっと見つめた。
そこへ莫玄羽(魏無羨)と藍忘機がやってくる。二人が戻ってきたのを見て、極限まで張りつめていた緊張の糸は解けたものの、宋嵐を刺激して彼が暴れ出すことを恐れ、大声は出さなかった。
「こちらは宋嵐、宋子琛[ソン・ズーチェン]道長だ」
莫玄羽(魏無羨)は藍忘機に紹介する。宋嵐は正気に戻っており、その両目には清らかに澄んだ漆黒の瞳があった。
(◎脇役列伝その1:藍思追(4ー9)へ続く)
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