☆55 鎏金宴の真実
戚容が落ちた先は、先程花城が石像を据えた場所だ。石像の顔が映り、仮面が剥がれ落ちた戚容の顔が映る。おそらくここは、その二つの顔がよく似ていると言いたいのだろう。あまりピンとこないのが残念だが。
戚容が瞬き一つする間に、花城は少年の姿から本来の姿に戻る。「てめえか。どうやってここへ潜り込んだ」と戚容。
花城はこれに答えず、戚容の胸ぐらを掴んで持ち上げ、「安楽王はどうやって死んだ?」ともう一度訊く。謝憐は駆け寄って落ち着くよう花城に言い、戚容を離してもらうが、ほっとする間もなく花城が謝憐の一点を突き、体が動かないばかりか声も出なくなってしまう。
戚容が花城の暴力に屈して「郎千秋だ。安楽王は奴に殺された」と叫ぶと、暴れ出した不倒翁が謝憐の懐から飛び出し、花城がその術を解いて郎千秋が現れる。
鎏金宴大虐殺事件。郎千秋の知っている「事実」と、戚容の語る「事実」は全く違う。「間抜け」「偽善者」「百年を超える愚か者」「救いようのない馬鹿」と嘲笑う戚容に、郎千秋の心は乱れに乱れる。千秋は「もし殺していないのなら、なぜ認めたんだ」と謝憐に迫り、声を出せるようになった謝憐は「でたらめだ」ときっぱり告げる。
ここで戚容は目の前の男が変装した謝憐だと気づき、「太子兄さま」と呼びかける。「芳心国師=謝憐」とわかった途端、戚容には事件の全容が見えたようだ。
戚容の語る鎏金宴の真実。その顛末を見ていこう。
永安国は建国から何百年もの時が過ぎ、郎千秋の両親、時の国王夫妻は永安人と仙楽移民の融和を考えるようになっていた。そのための国策として、まず仙楽皇族の最後の生き残りだった者を「安楽王」に奉じ、幼い郎千秋の友人としてあるいは兄弟であるかのように親しく接した。
また城下の一角を仙楽移民の居住地と定めて、これを仙楽坊と名づけ、広く仙楽人に解放した。
だがこれを快く思わない者もいて、その筆頭が戚容だった。元々永安は仙楽国の領土の一部で、これがある時(謝憐が最初に飛翔してから三年後)反旗を翻し、仙楽国を滅ぼして建国したのが永安国だ。「仙楽から奪ったもので施しをするのが、お前の言う真心か」と戚容は言ったが、これらは元々全部仙楽のものだ、という思いがいつまで経っても消えなかったのだろう。
戚容は、郎千秋が十二歳の時に誘拐未遂事件を起こすなど、これまで何度も永安皇族を狙った事件に関わり、裏で糸を引いていた。今回も密かに安楽王に接触、内心面白くなかったのだろう(鎏金宴開始直前、国王夫妻以外の皇族が安楽に蔑むような言葉を投げる場面がある)彼を巧みに操って、事件を起こさせることにしたのだった。
芳心国師である謝憐は、当時全くこれに気づいていなかった(他者の良い面を見ようとする彼の性格が悪い方向へ働いた形だ)し、戚容もまた国師の正体に気づくことはなかった。もし戚容が気づいていれば、当然謝憐にも接触しただろうし、そうなれば謝憐もその阻止に動いて、事件が起こることはなかっただろう。
事が起こるまでに安楽王は、己を隠し、永安国の内情を調べ上げている。すっかり信用された彼は、鎏金宴当日の段取りまで任されていた。警護には手の者を配置、事を起こすのは簡単だった。
この警護係に化けた者たちは、戚容の配下かもしれないが、永安国に恨みを持って死んだ者が鬼となっていたのかもしれない。ともかく縁もたけなわとなった頃、彼らは正体を表して手当たり次第に周囲の者を惨殺する。安楽は国王夫妻に従って逃げるふりをし、隙を見て二人を刺す。そこへ現れたのが、少し遅れてきた芳心国師(謝憐)だ。
謝憐は一瞬で状況を把握。逃げる一味を追おうとするが、国王に呼び止められ、首謀者の安楽王ばかりか全ての仙楽人を道連れに、皆殺しにしてやる、とー。
この場面、戚容が芝居気たっぷりに語るが、おそらく実際もそれと大差ない状況だったのだろう。
既に郎千秋が近づく気配がしていて、国王の声も届きそうだ。それを聞かせてしまえば、あるいは事の顛末を郎千秋が知ってしまえば、彼は友と慕った安楽王に裏切られたことに気づき、そして父王の最期の願いを叶えるため、仙楽人を手にかけるだろう。
そうなれば、過去の遺恨が振り返して、今度は仙楽人が永安人を殺そうとし、また永安人が仙楽人に報復して…何百年もかけてようやく二つの民が一つになろうとしているのに、全てが水泡に帰することになってしまう。
謝憐はそう思ったに違いない。それを防ぐためには国王の口を塞ぐしかない、としたところへ郎千秋が現れて、その姿を見られてしまったのだ。謝憐はその場を立ち去り、安楽王の元へ向かった。
既にこの時謝憐は、仙楽人だとまだ気づかれていない自分が全ての罪を被ることにしようと決めていたと思う。戚容が後ろにいたことを謝憐は知らなかったので、安楽王がその罪を悔い改め、後は黙ってさえいればきっと上手くいく、と。
ところが謝憐の姿を見た安楽は、次は郎千秋だと謝憐を誘う。そんなことをさせないためには、そして事件の首謀者が安楽王だと気づかれないためには、病死に見せかけてこれを殺すしかない。謝憐は自らの手で、仙楽皇族の血脈を断ち切った。
そして捕えられ、殺されて…後は郎千秋の知ってのとおりだ。
鎏金宴の真実を知った郎千秋は、戚容を大剣の一撃で真っ二つにし、鬼たちが人を煮ていた大鍋に放り込む。
「それで報復したつもりか? せいぜい分身を消しただけだ。徹底的に消滅させたいなら、奴の骨灰を探すしかない」
花城の言葉に、郎千秋は戚容を追うことに決める。
「その後に、あんたと決着をつけに来る」
千秋は大鍋を破壊し、無言で立ち去る。謝憐は呼び止めようとするが、「真相を知ったばかりだ。そっとしておいた方がいい」と花城は言う。
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