★60 廟宇と道観
(画像は『天官賜福』アニメ二期一話冒頭、菩薺観の朝)
『天官賜福』にはよく似た言葉が出てきて、違いがよくわからないものも多い。
その代表が「廟宇」と「道観」だろう。実際、両者の違いは曖昧なところがあり、道観の説明に、別の呼び名として「廟」が挙げられている場合もある。
なので、以下はいろいろ調べた結果の私見ということでご理解いただきたい。
まず「廟宇」であるが、調べてみると、多くこれは「祖先や貴人の霊を祭る建物。また、神を祭る建物」と書かれている。そして「神社」とされている場合も多い。
つまりこれは、例えば「神」を安置して、皆が参拝に来る所と考えればいいだろう。供物を捧げてこれを敬い、慰撫鎮魂し、祈願、感謝する場所だ。
『天官賜福』の中では「○○殿」と呼ばれていることも多いが、これはおそらく廟宇の規模の大きなもので、「○○大社」といった感じなのではないだろうか。日本の大社は、同名の神社を取りまとめる役割を持ったものも多いが、『天官賜福』の「○○殿」にはそういった意味合いはないものと思う。
対して「道観」は「道教の寺院。道士のいる建物」となっている。日本で「寺」と言えば仏教寺院のことで、神社とは宗教そのものが違うからわかりやすいが、「廟宇」に祀られているものは道教の神であることも多いので、ここの区別がつきにくい。
なのでポイントは「道士がいる」というところだろう。おそらく「道観」は修行の場という意味合いを持つと思われる。また教義を広く世間に知らしめる場でもあるのではないか。
以上が私見による両者の違いだ。「廟宇」=「神社」だが、「祖先や貴人の霊を祭る」となっていることからもわかるように、道教とは関係のない神を祀っていることも多い。『天官賜福』の神官も、必ずしも道観で修行を積んでこれとなったとは言えない者も多い印象なので、「道教」と「廟宇」は「=」で結べないものと思われる。
さて、もう一つ。極めて紛らわしい言葉が、「神」と「仙」だ。「神」「神仙」「神官」「仙」「仙人」と似たような使い方をされている言葉がたくさん出てくる。(あと「道士」も出てくるが、これは仙人になるための修行を道観で積んでいる人と思えばいい。)
「神」と「仙」については、★3 神仙説と道教でも書いたが、もう一度考察してみよう。
まず「神」と「仙」の共通点は、不老不死であるというところだ。但し「不死」というのは、寿命では死なないという意味で、例えば首を刎ねられたりすれば死んでしまう。病気には極めて罹りにくく、命に関わるような大怪我でも(時間をかければ)これを治すことができる。
『天官賜福』に登場する者の中で、一番「不死」に近いのは謝憐だ。彼は二度目の貶謫を受けた際、不憫に思った君吾から「不死」の属性が付けられている。しかしこれは当時の彼にとって、むしろ呪いに近いものだったかもしれない。「どうせ死なないんだ」と自棄になったように言うシーンがある。
★3の記事では「神=天仙」「仙人=地仙」と書いたが、今思えば『天官賜福』には「土地神」も出てくるので、誰かに祀られているのが「神」、そうでないのが「仙人」ということかもしれない。
「神」と「神官」の違いは、天界に所属しているかどうかだろう。所属していれば「神官」で、「神」は「神官」も含めたもっと広義の存在を示していると思われる。「神仙」というのは、「仙人(あるいはそのための修行を積んだ人)」が「神」となった存在を言い、「神」は「仙人」となるための修行を経ていない場合もあるので、そこの違いだと思う。
「仙」と「仙人」があるのは、「仙」と呼ばれるものが必ずしも人ではないからだ。よく聞くところは「仙狐[せんこ]」で、これは狐が修行を積んで「仙(不老不死)」となったものである。亀仙人は……亀じゃないか。甲羅があるけど。