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◎脇役列伝・番外:薛洋ー2(その生涯・前編)
タイトル画像はアニメ『魔道祖師』公式サイトの「振り返りカットギャラリー」より。
完結編第一話、薛洋が櫟陽常氏一族皆殺し事件で捕縛され、牢に入れられることになって連行される際、暁星塵に対して「道長、俺を忘れるなよ。この借りはいずれ返す」と言う場面。(小説では「道長、俺のこと忘れないでね。今に見てろよ」になっている。)
櫟陽常氏滅亡事件当時の薛洋
この薛洋という男は暁星塵よりも若く、正真正銘の少年だった。しかし、その非道さは歳の若さとはまったく比例せず際立っていた。彼は十五歳の頃から夔州辺りでは名の知れ渡ったごろつきで、あどけない笑顔の裏に残忍な心を隠し、夔州では彼の名が出るだけで皆が顔色を変えたという。彼には親がなく、幼い頃から路頭をさ迷って暮らしていた。その頃に常萍の父親と何やらいざこざがあったことを、長い間根に持っていたらしい。彼への復讐心に加えて何か他にも理由があったらしく、結果として薛洋はあの凶行に至ったようだ。
「他にも理由」ということについて、魏無羨は「薛洋が半分に欠けた陰虎符を復元した際、その威力を確かめるために、常氏一門数十人の命を使って実験したのではないか」と考えている。
「常萍の父親の父親とのいざこざ」について、暁星塵の問いに薛洋はこのように答えている。
七歳の頃ある男に、手紙を届けろという使いを頼まれてそれを果たしたが、男は約束の菓子をくれず、そればかりか子供(薛洋)の泣き声に苛立って鞭で打ちつけ、倒れた子供の手の上を牛車で轢いて走り去った。そのため左手の骨は全部砕け、うち一本は元に戻ることなく欠けることになった。
その男が常萍の父親・常慈安で、その復讐のために一族を皆殺しにした、と。そして、こう言う。
「指は自分のもので、命は他人のものなんだから、いくら殺したって償ってもらったことにはならない。たかだか七十数人程度で、俺の指一本に値するわけがないだろう?」
薛洋の理屈は、他者のものとは際立って異なっている。それは自分自身に対する評価が極めて高いからだろう。自分と同等以上と認めた者はほとんどおらず、おそらく金光瑶と魏無羨だけではないだろうか。
幼い頃の話を語った時も同情を求めているわけではなく、欲しいのは共感だと思われるが、彼に共感することは誰にもできない。
金光瑶ですら、理解はできるが共感とまではいかないだろう。彼はあくまでも自分の醜い部分は隠した上で、人々の尊敬を集めるように振る舞うし、悪事が明るみに出た時も、共感よりも同情を欲しがっている。
蜀東・義城で暁星塵に化けていた薛洋が、正体を現した後の言葉。
「お前らじゃなくてお前に向けて演じたんだ。夷陵老祖のご高名はかねがね承ってはいたけど、百聞は一見にしかず、だな」
「もちろんだ。お前らがぞろぞろと入ってきて、舌笛が聞こえた瞬間から、ちょっと怪しいと思っていたんだ。だから俺が直接その正体を確かめに来たってわけ。やっぱりなと思ったよ。点睛召将みたいな低級の術でもあれほどの威力を発揮できる奴なんて、開祖だけだろうからね」
薛洋の魏無羨に対する高い評価が窺える。この後、薛洋は魏無羨に頼み事をするが、それを叶えるために姿を現したと言っている。
陰虎符の件についても、魏無羨の残した半欠けの陰虎符と、「悪友」のところで語られた「魏無羨十九歳の時の手稿」があって、それを不完全ながら復元することができたので、「一から作るなんてできるわけがない」と。
薛洋は魏無羨を「鬼道の開祖」と呼んでいるが、鬼道の術そのものは魏無羨の登場よりももっと古くからあったものと思われる。それをおそらく体系的に整えて、より効率的に発揮する方法を考えだしたので、魏無羨が開祖ということになったのだろう。
魏無羨の才能の高さが窺えるが、この場面ではそれを、薛洋が自分の才の及ばない相手としてして捉えていることがわかる。
暁星塵になりすましていたことについて薛洋は、「あいつは評判が良くて、俺の方は最悪だからな。楽に人の信頼を得るには、当然、あいつのふりをした方がいいだろう?」と言っている。
しかし頼みたいのは「暁星塵の魂の復活」なので、いずれバレることは明白であり、当然バレても平然としているわけだ。
復活が叶ったら、間違いなく魏無羨を殺そうとしていただろう。魏無羨が薛洋に共感して、同様の振る舞いをするかそれを容認すれば別だろうが、それはあり得ないからだ。
さらに魏無羨を殺した後は、彼が温寧に対して行ったように、刺顱釘(自我を失わせるための釘)を打って凶屍として復活させ、自分の思うがままに操ろうと思っていただろうことは容易に想像できる。
魏無羨が「暁星塵」と思われていた男が薛洋だと見破った時の、薛洋に関する描写。
何重もの包帯の下から、星のように輝く生き生きとした両目が現れた。
その目には傷一つない。
彼は若々しく人好きのする顔立ちだった。凛々しいその顔は、笑うと八重歯がちらりと覗き、愛嬌があって幼く見える。それが彼の目の奥に潜む凶暴さと残虐な荒々しさを覆い隠していた。
愛らしい顔つきと凶悪な内面。まさに人面獣心だ。矛盾しているとも思える外見だが、彼の内面はもっと矛盾だらけだ。彼自身の中では整合性が保たれているのかもしれないが、ただ単に気まぐれなだけかもしれない。
その上、一切の禁忌を持っておらず、自分自身が面白いと感じるかどうかが、全ての判断基準になっているようだ。
この後、薛洋は魏無羨と話を続けながら、いうことをきかせるために脅しの攻撃を繰り出す。脚の一本くらい斬り落としても問題ないだろう、というような判断だったと思う。
しかしその魏無羨のピンチに、「三百以上の彷屍に包囲させた」はずの藍忘機が現れて、薛洋は彼と戦うことになる。
藍忘機に押され気味になったときの薛洋。
形勢が芳しくないと見ると、薛洋は目をくるくる動かしてニッと口の端を上げた。それから突然右手に持っていた霜華を放り上げて左手でそれを受け取り、右手を袖の中に突っ込むと、微かにその袖を一回振った。魏無羨は、彼が乾坤袖から何か毒の粉や隠し武器でも投げてくるのではないかと警戒したが、そこからはもう一本の長剣が出てきて、間髪を容れずに二刀流で攻め始めた。
薛洋が袖から取り出した長剣の刃は、振り回す度に何やらうっすらと陰鬱な黒い気を発していて、霜華の清らかに輝く銀色の光とは著しく対照的な不気味さを醸し出している。双剣で攻撃する薛洋は、左右の手を流れるように巧みに操り、たちまち盛り返してきた。
「降災?」
不意に含光君が呟くと、それを聞きつけた薛洋が微笑んだ。
「あれ? 含光君、まさかこの剣を知ってるのか? それは光栄だな」
「降災」こそが薛洋本人の剣だ。その名の通り血と殺戮をもたらす、主人と同じく不吉な剣だ。
霜華は暁星塵の剣。彼になりすますために、薛洋はこの剣を使っていた。
この後、藍忘機の剣技によって霜華が薛洋の手から離れ、それを掴み取った藍忘機は「貴様はこの剣に相応しくない」と言っている。あくまでも清らかで美しい暁星塵そのもののような霜華が、薛洋のような悪辣で穢れた者の手にあることが許せないと思ったのだろう。
藍忘機もまた清らかで美しい存在だから。
長くなった。次項は、魏無羨が阿箐(義城にいた盲目の少女の幽霊)と共情して過去へ行った場面。阿箐の目を通して、薛洋や暁星塵がどのような関係だったのかを見ていこう。
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