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◉借屍還魂[しゃくしかんこん]

 『魔道祖師』において、魏無羨は「献舎」されてこの世に蘇る。これは術者が自らその身を捧げて何者かを呼び出す術だが、他に「奪舎」と言って、死んだはずの魂が誰かに乗り移ってその身体を奪う術があると書かれている。
 中国では、このような呪術ではないが、他人の体を借りて生き返ること、特に死者の魂が別の死者の体に入ってしまうことがあったようで、これを「借屍還魂」と呼んでいる。
 『中国妖怪・鬼神図譜』から、これに関する記述を見てみよう。

 人が死ぬと、あの世から無常鬼[むじょうき]という使者が派遣されて、霊魂をあの世に連行する。しかし、誤認逮捕だったり、あの世の役所で帳簿を調べてみたらまだ寿命が尽きていなかったり、生前の善行の功徳によるなどの理由で、この世に送り返され、蘇生することがある。
 ただ、蘇生する場合、問題なのは肉体である。肉体が腐ってしまっていたりすると、霊魂が帰るべき所がなくなるのである。そこで考えられたのが、まだ肉体が保存されている他人の身体を借りて蘇生する方法である。これを「借屍還魂」という。
 この「借屍還魂」の場合は、霊魂は自分のものであるが、肉体は他人の肉体である。蘇生すると、大抵の場合は、「私は誰、どうしてここにいるの」と違和感を感じることが多いとされている。またこの生き返った人物が、肉体側の家に所属するか、霊魂側の家に所属するかが、たいていの場合問題となる。結局裁判まで至ったなどと言う話が多い。特に既婚者の場合は深刻で、どちらの配偶者にも拒否されて、出家したなどという話まである。

『中国妖怪・鬼神図譜』ー借屍還魂ー

 誤認逮捕ってなんだ? とか、つい突っ込みたくなるのは置いておくとしても、冥界からの説明くらい欲しいところだ。
 『中国妖怪・鬼神図譜』には、「借屍還魂」にまつわる話がいくつかあげられているが、死んだ直後に隣村の別の肉体(死体)に入った話や、十数年前に亡くなった者が蘇った話、また「生き返った」と嘘をついて後家さんと夫婦になろうとした話など、興味深い話が載っている。

 魏無羨も思いがけずこの世に蘇ったわけだから、さぞかし困惑したことだろう。
 もっとも彼はとっとと状況を把握して、持ち前の明るさとお気楽さを取り戻している。莫家荘にいた二日足らずの間に、呼び出された目的は勝手に終わってしまったし、さてこれからは好きなようにやっていくか、というところで藍忘機に捕まって、また振り回される羽目になる。

 魏無羨は幸せな結末に辿り着くことができたが、「借屍還魂」で蘇った者たちはなかなか思いどおりにはいかなかったようなのが、もの悲しい。

<参考>
中国妖怪・鬼神図譜 清末の絵入雑誌「点石斎画報」で読む庶民の信仰と俗習』
 著者:相田洋[そうだ ひろし] 発行:集広舎 2015年

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かんちゃ
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