◎脇役列伝・番外:薛洋ー4(その生涯・後編)
タイトル画像はアニメ『魔道祖師』公式サイトの「振り返りカットギャラリー」より。完結編第三話、亡くなった暁星塵の魂が砕けて散らばるのを、かき集めようとして失敗した時の薛洋。
薛洋は暁星塵が死んだ後、自分が追い詰めて死に至らしめたはずの彼を、蘇らせようと考える。何故そんなことを考えたのか、それを今回は考えていこう。(一気に書いたので、いつもの記事の倍の長さがあるが、よろしくお付き合い頂きたい。)
暁星塵が自刃した直後の薛洋の様子
この後、薛洋は義荘の地面に陣を描き、暁星塵を凶屍として蘇らせようと試みるが、上手くいかなかった。それは絶望した暁星塵の魂魄が粉々になって砕け散り、この世に戻ることを望まなかったからだ。
それから相当の日数が経った後、櫟陽の町で、逃げ出した阿箐と再会した薛洋は、彼女の目を潰し、舌を切り、その命までもを奪う。
阿箐は暁星塵の仇を打ってもらうために、薛洋を殺してくれる者を探していたので、これは当然と言えるのかもしれない。
だがその後、薛洋は義城に戻り、何年もそこで過ごすことを選ぶ。
暁星塵が亡くなった頃には、まだそこに住人がいたはずだが、魏無羨らが辿り着いた時には、生きた人間は活屍にされ、残りは全て彷屍になっていた。
おそらく薛洋が義城の町を自分の実験場に見立てて、煉屍場で行っていたのと同じように、死者に対する実験を繰り返していたからだろう。
櫟陽に阿箐がいたのは、薛洋に見つからないため、できるだけ義城から遠く離れた場所で助けを求めようとした結果、そこがたまたま櫟陽だったのだと思われる。そして運悪く、そこに来ていた薛洋に見つかってしまった。
しかし薛洋にとっての櫟陽は、「たまたま」で訪れる場所ではない。そこは彼にとって二つの意味を持つ場所だ。
まず一つ目は、櫟陽の町の郊外に煉屍場があったこと。
薛洋は当時死んだものとされていたが、煉屍場があったために櫟陽には馴染みがあり、当然発見される危険性もあったはず。そこに薛洋が現れたのは、危険をおかしてでも行かなければならない理由があったと考えるのが自然だ。となれば、目的地は煉屍場だったと考えるべきかもしれない。
その目的の具体的なところまではわからないが、そこへ出かけた理由も、義城の町自体を実験場にしてしまった理由も、おそらくは暁星塵の復活のためだった、としても矛盾はないと思われる。
魏無羨に頼み事をする薛洋
魏無羨の前に暁星塵の姿で現れた薛洋が、彼に頼み事をする場面だ。魏無羨が何度無理だと断っても、食い下がってあきらめない様子が窺える。
薛洋が望んでいたのは、鎖霊嚢(霊的なものを収納することが出来る布製の小さな袋)に入っていた、細切れで一部分しかない暁星塵の魂魄の修復だ。それらをつなぎ合わせて完全な魂として蘇らせ、暁星塵の遺体に戻そうと考えていた。
尽くせるだけの手を尽くしても、自分一人ではもはやどうしようもないので、魏無羨の力を借りようとしていたわけだ。
この後、駆けつけた藍忘機と薛洋の戦いになるが、義城は霧が深く、剣技で勝る藍忘機も、目を瞑っても歩けるほど町を知り尽くしている薛洋に対して、決定的な一撃を繰り出すことができない。そこで魏無羨はでたらめを言って薛洋を挑発し、応じる声で藍忘機にその位置を知らせようとする。
魏無羨の挑発に乗り、反論する薛洋
この答えに魏無羨は納得しせず、常萍の話を持ち出して、薛洋の本音に迫ろうとする。
そしてこれが、阿箐と薛洋が再会した時、彼が櫟陽の町にいた本当の理由なのではないかと私は思っている。
常萍に関する話を、ここで整理しておこう。
常萍は薛洋の本来の復讐相手・常慈安の息子で、櫟陽常氏一族皆殺し事件の時に、たまたま外へ出かけていて巻き込まれることがなかった。
事件の解決に暁星塵が動いた時、常萍は初めのうち彼に大層感謝していたが、後に犯人であった薛洋が蘭陵金氏の思惑によって解き放たれ、脅しという名の圧力をかけられると、手のひらを返して「薛洋は事件と関わりが無かった」と言い始め、暁星塵の立場を危ういものにする。
その後何年も経ってから、常萍は薛洋から凌遅の刑を受け、生きたまま身体中を切り刻まれて死んだ。
霜華を使っていることから、常萍が殺された時期は、暁星塵が亡くなった後であることは明白だ。
そして魏無羨は、薛洋が常萍に行ったことは、自分自身のための復讐ではなく、むしろ暁星塵のための復讐だったのではないかと言っている。(だから、本当に復讐されるべきはお前自身だ、ということになるわけだ。)
そもそも常萍は、薛洋にとって復讐すべき本来の相手ではなく、暁星塵に捕まり、金氏によって自由を得た後も、何年も放っておかれた存在だった。
その頃の薛洋の関心は、ずっと暁星塵に向けられていたはずだが、実際には直接彼を狙うのではなく、その親友であった宋嵐を攻撃の対象としている。それは何故だろう。
その方が、相手により深い絶望を味わわせることができるからだろうか。
だがもしかすると、と私は考える。むしろ薛洋の狙いは、宋嵐との仲を引き裂くことにあり、孤独と絶望に苛まれた暁星塵が、自分の側に転げ落ちてくるのを待っていたのではないか、と。
そうなればもちろん、薛洋は暁星塵を大いに嘲笑ったことだろう。しかしその後は、仲間として受け入れようとしたかもしれない。あるいは最も唾棄すべき人間として、忌み嫌い、一切の関心を失ったかもしれない。
薛洋は高潔な人間が嫌いだ。それは自分が、決してそうはなれないことを知っているからだ。そのことは逆に、彼にとって高潔な人間が強い憧れであることを示してはいないだろうか。
高潔な者が、自分と同じように汚れていくことを彼は喜ぶ。それは彼らと仲間になりたいと願うことが、根底にあるのではないだろうか。
薛洋が藍忘機によって致命傷を受けた後、墓荒らしが現れて伝送符を使い、彼の身体を持ち去ってしまう。その目的は、薛洋が肌身離さず持っているだろう陰虎符だと思われたが、ただ一つ、藍忘機によって斬り飛ばされた左手だけは残された。
小指の欠けたその手は何かを握りしめており、魏無羨が力を込めてそれを開くと、そこにあったのは一粒の小さな飴だった。
薛洋は何のために、常萍を凌遅という惨たらしいやり方で殺したのか。
暁星塵に復讐しようと考えた時、何故彼自身ではなく親友の宋嵐を狙ったのか。
暁星塵が死んでしまったことをなかなか認められず、その魂魄の復活に執拗なまでにこだわった理由は何か。
もし暁星塵を復活させることができたとして、薛洋は彼に何をさせようとしていたのか。
最後の最後まで、暁星塵にもらった飴を食べずに握りしめていた理由とは?
それらを考え、それらしい答えを導き出すことはできるだろう。だが、全ては推測に過ぎず、薛洋の本音を聞くことはできない。聞けたとしても、多分彼は自分でも理解できていないのではないだろうか。
ただ、薛洋にとって暁星塵と阿箐の三人で暮らした日々が、彼の人生の中で最も平穏な時だったのではないかという気はしている。たとえその裏側で、彼が騙されている二人を嘲笑い、どんな絶望を与えてやろうかと内心舌なめずりをしていたとしても。
それすら含めて、彼にとっては楽しい毎日だったのではなかったか。
暁星塵を復活させた後、それによって彼が何かを企んでいたというわけではなく、あの、彼にとって特別な人と特別な時間を過ごす日々、もう一度それを取り戻したいと、それだけを願っていたのではないか、と私は思う。