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◎脇役列伝その1:藍思追(9ー2)

 温情ウェンチンに頼まれ、その弟・温寧ウェンニンを探しに行った魏無羨ウェイウーシェンは、窮奇道きゅうきどうで殺された温寧を見つける。彼は温寧を凶屍きょうしとして蘇らせ、その復讐を果たさせると、その場所で苦役を強いられていたウェン一族の者たちを連れ出し、皆で夷陵いりょう乱葬崗らんそうこうへ行く。
 そこはかつて戦場で、その時の屍でできた山が乱葬崗だ。そのため人が寄り付かず、また魏無羨は此処にしばらく逗留していたことがあり山の様子をよく知っていたため、そしておそらく他に行ける場所のあてもなかったので、逃亡先としてその場所が選ばれたのだろう。
 窮奇道での出来事は「工事監督四名が死亡、脱走した温氏残党が約五十名」ということで、仙門世家せいかの会合では魏無羨に非難が集まり、その矛先が雲夢うんぼうジャン氏の若き宗主・江澄ジャンチョンに向けられた。
 事件の解決のため、江澄は乱葬崗へ向かう。

 乱葬崗の麓では、数百体もの凶屍が歩き回っており、江澄以外の者の侵入を阻む。彼は一人で山を登り、やがて何人かの男たちが土を鋤き返している横で、魏無羨と赤い服の娘(温情)が「ジャガイモにしよう」「大根にしましょう」と話している所に出る。
 魏無羨は江澄を見て近づいてくると、何も言わないまま山の上に向かって歩き始める。江澄も何も言わないまま一緒に歩いていくと、今度は、温家の修士だろう男たちが家を建てようとしているらしい場所を通りかかった。彼らは此処に住もうとしているようだ。

 と。江澄の脚が突然重くなり、俯くと、脚に一、二歳くらいの子供がしがみついていた。まん丸い顔を上げて、まん丸い黒い瞳でじっと江澄を見つめている。雪のように白く可愛らしい子供で、これが阿苑アーユエン藍思追ランスージュイ二歳頃の姿)だ。
 この場面、小説の中で「江澄という人間には仁愛の心が皆無なため」と言われているのが面白い。江澄は遠慮もなしに「どこから来た子供だ? どかせ」と言い、魏無羨はその子供を抱きかかえて、自分の腕に座らせる。

「何がどかせだ。お前、その言葉遣いどうにかしろよな? 阿苑、お前もなんで人に会う度に脚に抱きつくんだ? ああ、ダメダメ! 土で遊んだあとすぐに爪を噛むな。お前、それがどういう土かわかってるのか? 手をどかせ! 俺の顔も触るな。おばあちゃんは?」
 まばらな白髪をした老女が一人、あたふたと木の杖を突いてよろめきながらこちらに歩いてくる。彼女は江澄の姿を見て他の者たちと同じように、これは大物だと気づくと少し怯えた様子になり、曲がっていた背中がますます曲がってしまった。魏無羨は阿苑と呼んだ子供を彼女の足元にそっと下ろした。
「あっちで遊びな」
 老女は片方の足を引きずりながら、慌てて孫を連れて離れていく。子供はよちよちと歩きながらも、まだこちらを振り向いている。江澄は皮肉を込めて言った。
「宗主たちは、お前が悪人の残党を大勢引き連れて大きな旗を掲げて御山の大将をやっていると思ってるぞ。それがどうだ、老弱ばかりじゃないか」

『魔道祖師』3巻「第十六章 豪毅」

 阿苑はまだ何も喋らない(普段は少し話すのかもしれないが)。爪を噛む癖も治っていない。脚にしがみつく阿苑は、動物園の仔パンダが飼育員の足にしがみついて離さず、歩けなくなっている様を私に思い出させる。
 阿苑も、知ってる人の脚だと思ってしがみついたら、全然知らない人でびっくりしたと思う。おばあさんに連れて行かれながら振り返る阿苑の、「だれ?」という心の声が聞こえるようだ。

 この後、江澄は温寧のことを聞き、魏無羨は呪符で動きを封じている温寧の元へ江澄を連れていく。
 この道中(伏魔洞ふくまどうの中)、「半分しかない羅針盤」や「しわしわになった旗」が出てきて、これが後に「風邪盤ふうじゃばん(邪悪がいる方向を指し示す法具)」や「召陰旗しょういんき(特定の範囲内にいる霊、彷屍ほうし、妖魔など邪悪な存在を引き寄せる旗)」になるのだろう。なかなか興味深い。

 結局、江澄と魏無羨の話はすれ違ったまま、三日後、二人は決闘する。双方深傷を追い罵りながら離れた後、江澄は「魏無羨は一門を離反し多数の世家に公然と敵対したため、雲夢江氏はこの者を追放した。今後は関係を断ち切り一線を画す。今後この者が何をしようと、雲夢江氏は一切関知しない!」と世間に公表し、事件は一応の決着をみる。


 今回は3巻「第十六章 豪毅」終盤の場面。阿苑の出番が少なく、話の流れにほとんどを費やす記事になってしまった。江澄に関しては少し話したいことがあるが、次回が終わってからにする。

 その次回は、”夜狩のためにたまたま夷陵を通りかかった”藍忘機ランワンジーと阿苑が出遭う場面だ。3巻「第十七章 漢広」から。
 章題「漢広」には注釈がついていて、「漢広……渡ることのできない広い川の向こう岸の女性への恋慕の詩。中国語で『含光』と同じ発音」となっている。章の前半部分は藍忘機の心の内を味わう所だが(後半は、魏無羨が花嫁姿の江厭離ジャンイエンリーと会う話)、例によって「阿苑」メインの記事なので、そこにはあまり触れることができない。
 だが、阿苑もようやく口を開き、迷シーンが幾つも出てくるので、楽しみに待っていて欲しい。

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かんちゃ
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