◎脇役列伝その1:藍思追(4ー9)
(◎脇役列伝その1:藍思追(4ー8)の続き)
「こちらは宋嵐、宋子琛[ソン・ズーチェン]道長だ」
莫玄羽(魏無羨)は藍忘機に紹介する。宋嵐は正気に戻っており、その両目には清らかに澄んだ漆黒の瞳があった。
しばらく沈黙したあと、莫玄羽(魏無羨)は膨らみのない小さな鎖霊嚢を二つ、懐から取り出して宋嵐に渡した。
「暁星塵道長と、阿箐[アージン]さん」
阿箐は少女の幽霊の名前だ。宋嵐は微かに両手を震わせながらそれを受け取ると、手のひらに乗せた。
莫玄羽(魏無羨)は暁星塵の遺体をどうするか宋嵐に訊く。彼は拂雪[フゥシュエ:宋嵐の剣]を抜き、その剣先で地面に文字を書いた。
『遺体は荼毘に付す。魂魄は供養する』
体が消えれば、純粋な魂魄が残り、いつの日かまたこの世に戻れるかもしれない。今後どうするかの問いには、
『霜華を背負い、世を渡る。星塵とともに、魔を除き、邪を払う』
少し手を止めてから書き足し、
『彼が目覚めたら伝える。すまなかった、君に非はないと』
それは宋嵐が生前、暁星塵に伝えられなかった言葉だった。
世家公子たちは莫玄羽(魏無羨)と藍忘機と共に、霧の晴れ始めた魔の町をあとにした。宋嵐は城門のところで彼らに別れを告げた。霜華と拂雪を背負い、暁星塵と阿箐の魂を連れて、一人別の道へと進んでいった。
藍思追は遠ざかっていく彼の後ろ姿を眺め、しばらくの間呆然としてから呟いた。
「『明月清風の暁星塵、傲雪凌霜の宋子琛』……お二方がもう一度会える日はくるでしょうか」
藍景儀が事の顛末を聞きたがって、莫玄羽(魏無羨)はようやく話し始める。(*この件に関しては、別の記事で紹介する。)
「まさかそんなことが起きていたなんて!」
景儀は泣き始め、金凌は「薛洋め、クズ! カス!」と激怒し、少女の幽霊を観察して褒めていた少年は「阿箐さん! 阿箐さん!」と胸を叩いて地団駄を踏んだ。思追の目も赤くなり、大声で見苦しく泣きじゃくる景儀に、藍忘機も禁言術をかけなかった。
少年たちは、暁星塵と阿箐のために紙銭を燃やして供養しようと決め、道標の石碑の近くの村に辿り着くと、思追と景儀が走っていって、線香、蝋燭、赤や黄色の紙銭などをあれこれ買い込んでくる。
少し離れた場所で、石と煉瓦を使って風除けのかまど状のものを作ると、少年たちは皆でそれを囲んでしゃがみ、紙銭を燃やし始めた。
少し経った頃、弓を背負った一人の村人が近づいてきて、不満げに口を開いた。
「おいお前ら、なんでここでそんなのを燃やしてるんだ。ここは俺の家だぞ、縁起が悪いだろうが!」
少年たちはこんなことをするのは初めててで、人の家の前で紙銭を燃やすことが縁起が悪いとは考えもしておらず、しきりに謝った。思追は慌てて顔を拭き、村人に尋ねた。
「ここは貴宅の玄関ですか?」
男は、三代その家に住み続けていると言う。
「そうでしたか。失礼いたしました。先ほどの質問に深い意味はないんです。ただ、この前私たちがこの家の前を通った時、ここで会ったのは違う猟師さんだったのでお尋ねしただけで」
「違う猟師? そりゃいったい誰だ?」
男は一人暮らしで、庭に座っていたという別の猟師に心当たりはないらしい。
「義城なんて、お化けが人を殺すような所への道を教えただと? そいつは絶対お前らを殺すつもりだったのさ! もしかして、お前らが見たのってお化けなんじゃねぇのか?」
男は立ち去り、取り残された少年たちはお互いに顔を見合わせて黙り込む。
「これで分かっただろう。お前らは義城に誘き寄せられたのさ。その猟師はここの村人なんかじゃない、悪意のある何者かが、魂胆を持って名の済ましたんだ」と莫玄羽(魏無羨)。
「まさか、最初に猫を殺して死骸を捨てたところから、俺たちをここへ導くための罠だっていうのか?」と金凌。思追は困惑した顔で、
「なんでそんな大掛かりなことをしてまで、私たちを義城に招いたんでしょうか?」
今はまだわからないが、今後は気をつけろと莫玄羽(魏無羨)は言う。万が一彼らだけで義城に捕らわれていたとしたら、どんな結果になっていたかを考え、皆ぞっとして背筋に冷たいものが走った。
その後世家公子たちは藍忘機と莫玄羽(魏無羨)に連れられて進み、日が暮れる間際に、彼らが犬とロバを預けた町までたどり着くことができた。
この後は章をまたいで、町に戻ってからの思追たちの描写がある。
先に薛洋、暁星塵、宋嵐、阿箐に関わる義城での事件の全容を要約し、引き続き、思追たちが町に戻ってからの様子を紹介することにしよう。
(◎脇役列伝その1:藍思追(5)へ続く)