見出し画像

☆30 罪人坑:謝憐の心情

 余りに幾度も書き直し、もうどのぐらいの時間を費やしたのか分からないほどになっても、納得のいく記事にすることが出来なかったので、今回に限り、今までの文章スタイルを捨てることにした。
 内容的には、罪人坑での謝憐の行動とその時の心情を考察したものだが、「半月関の件終了時点で、一信徒が信奉する謝憐殿下に宛てて手紙を書き、その中で苦言を呈する」という形式になっている。
 どうか最後までじっくりとご覧頂き、お楽しみ頂けたらと願う。
 では、以下本文へどうぞ。


 親愛なる謝憐殿下

 いつも貴方様のご活躍を拝見させて頂き、また御身のご無事を心より祈念致しております一信徒でございます。この度の半月関でのお仕事、誠にお疲れ様でございました。
 しかしながら今回このようなお手紙を差し上げましたのは、罪人坑での、特に貴方様があの恐ろしい穴の中へ落下なされた直後の出来事について、些か申し上げたき義がございました故でございます。

 謝憐殿下。貴方様は誠にご立派なお方でございます。いいえ、どうぞご謙遜なさいますな。罪人坑の上で、二人を落とすとの半月語を聞いた貴方様は、「心配ない。私が盾になる」と拳を握りしめていらっしゃった。天生という少年が連れていかれそうになった時は、思い出したばかりの半月語を駆使して、何とか刻磨将軍を説得しようと試みられた。それが不首尾に終わると、今度は「仕方ない。先に飛び降りよう」とまで決意なされた。
 それなのに何故、あの三郎なる者が飛び降りてしまった途端、あんなにも動揺し、全てを忘れてしまわれたのでしょうか。貴方様があの天生と商人たちのことを次に思い出されたのは、全てが終わった後ではございませんか。

 よくよくお考えになってくださいませ、殿下。
 善月草の一件でも、そもそも貴方様は「鄭おじさん」なる者のために危険な半月関へ赴かれたというのに、あの三郎とやらは貴方様一人分の葉しか摘んでこないような、心の曲がった男でございます。それを、その男のことで心を一杯にして、後先考えず刻磨将軍を道連れにしてまで、すぐさま三郎とやらの元へ行こうとするなど、正気の沙汰ではございません。

 よろしいでしょうか、殿下。貴方様は常に清浄なる神官なのでございます。八百年もの間下界で過ごされて尚、貴方様の心根は真っ直ぐで清らかなままだと、私は分かっております。それがまた何たることか、罪人坑の穴へ落ちた貴方様が、あたかも十七歳の折りあの神武通りで城楼から落ちた少年を助けた時と全く同じ格好で、あの三郎なる者に受け止められてしまうとは。
 勿論理解してはおります。あのまま貴方様が落ちてしまえば、刻磨将軍と同じように地面に叩きつけられていた、それをあの者が救ってくれたのだということは。ですが「降ろして」とおっしゃった貴方様に、あの者は「汚れる」などと訳のわからないことを言い、そのまま放そうとはしなかった。あげく起き上がった刻磨将軍と、貴方様を抱えたまま戦い始める始末。

 否、私が言いたいのはそこではございません。その時の貴方様の振る舞いでございます。初めこそ戸惑ったご様子でございましたが、幾らも経たぬ内にすっかり慣れて落ち着かれ、あまつさえその腕の中で腕組みまでして会話をなさるとは。

 殿下もちゃんと分かっていらっしゃったはず。「息遣いや鼓動がない」とお気づきだったではありませんか。それなのに、貴方様が口にされたのは、
「三郎。次にこんなことがあっても、もうムチャはしないで。止めても聞かないし。君は本当に困った子だ」
 という言葉。三郎なる者が「それだけ?」と訊いても、
「ほかに、何がある?」
「僕が、『人間か』とか」
「そんなことは、別に知る必要も無い」
「そう? どうして?」
「人付き合いは気があうかどうかだ。それに尽きる。何者かは関係ない。好きになれば君が物乞いでも好きだしー」
 などと…。
 これではまるで「君が鬼かどうかなんてどうでもいい、君が一人で危ないところへ行くことの方がずっと心配で気にかかるんだ」とおっしゃっているようではありませんか。「人付き合いは、云々」も訊かれたから理由を考えて口にしているだけ、そこで本当におっしゃりたいことは「君が好きなんだ」ということであるような。

 何と嘆かわしい。お立場をもっとよくお考えになってくださいませ。「否、単にこの子を守ってあげなければと思って」とおっしゃりたいのかもしれませんが、貴方様もあの穴の底の惨状をご覧になったはず。あの者が罪人坑の穴へ飛び降りた直後に、それまで底から聞こえていた唸り声が聞こえなくなったのにはお気づきだったでしょうか。
 つまりあの者は一瞬にして、あれだけの者たちの魂を消し去ったのでございます。貴方様が「守ってあげよう」と考えるような容易い代物ではございません。

 貴方様が相当お強いことは重々承知しておりますし、法力が万全でありさえすればあの者にも勝てるだろうと思ってはおりますが、どうかあの三郎なる者には十分な警戒を怠りませぬよう。でなければ、いつしかあの者の元へ引き寄せられ、身も心もはまって抜け出せなくなる、といった状況にも成りかねませぬ。

 くどくどと書いてまいりましたが、これも貴方様を心より案じてのこととご理解いただき、お許しくださいますよう。
 今後はどうか菩薺観にてゆっくりと御身をお安めになり、またいずれかの地でご活躍されますことをお待ち申し上げる所存でございます。
 くれぐれも無謀なことはなされませぬよう、御身ご自愛くださいませ。

貴方様の忠実なる信徒より
三拝

宜しければサポートお願い致します まだまだ初心者、日々頑張って参ります