◎脇役列伝その1:藍思追(4ー4)
(◎脇役列伝その1:藍思追(4ー3)の続き)
藍思追は小声で囁いた。
「あのお年寄りの部屋の扉が……開いています」
莫玄羽(魏無羨)が一人で中に入っていき、手仕事をしていたらしい老婆に声をかけて、その針に糸を通すと、何事もなかったかのように扉を閉めて戻ってきた。彼女のことを「妖怪老婆」と呼ぶ金凌に顔を顰めると、彼は言った。
「あの老婆は、活屍[かつし]だ」
「活屍ってなんですか?」と思追。
「肉体は死んでいるのに生きている、それが活屍だ」
体は硬直し、食事も必要としていない。それでも息をしているのは生きているということだ、と莫玄羽(魏無羨)。思追は困惑する。
「でも……お年寄りは目が良くない方が多いですし、針に糸を通せないのも自然なことではないでしょうか」
だが、老婆は莫玄羽(魏無羨)が部屋に入って出てくるまでの間、瞬きをしていなかった。こちらを見る時も、目ではなく首ごと動かしていたと莫玄羽(魏無羨)は指摘する。
さらに、活屍は自然に出来上がることはない、生きた人間を使って完璧な傀儡を作ろうと考えた誰かによって生み出されたものだ、と語る。
少年たちは口に出さずに表情で言った。
『作った人は絶対、魏!無!羨!』
莫玄羽(魏無羨)はゴホンと咳払いして、魏無羨は温寧という完璧な傀儡を作り出すことに成功しているが、活屍はその模造品の失敗作だ、活屍を作り出した連中は外道中の外道だ、と言う。
「莫先輩、では私たちはどうすればいいんでしょう?」
思追は困り果てたように聞いた。莫玄羽(魏無羨)は「自分の体がもう死んでいることに老婆は気づいていないようだから、そっとしておけばいい」と答えた。
ちょうどその時、竹筒が地面をつつく軽快な音が再び鳴り響いてきた。莫玄羽(魏無羨)が声を出すなと手で合図して、皆は息を潜め、彼が窓に近づいて開かないように打ち付けられた板の隙間から外を覗く様子を見守った。
莫玄羽(魏無羨)は「あっ」と声を漏らし、「しっ、静かにしろ。今見てるから」「うんうん……うん……すごい、すごいぞ」と隙間から目を離さずに言う。
「……莫先輩、何がそんなにすごいんですか?」
好奇心でうずうずした思追は、我慢できずに思わず尋ねた。
「うわっ、これは本当に綺麗だ! ……おい、お前ら静かにしてろよ。怖がって逃げちゃうだろ?」などと、莫玄羽(魏無羨)はもったいぶるように言い、焦れた金凌が彼に代わって外を覗いた。
「どうだ。すごく綺麗だろう?」
「そうだな……でも、お前が言うほど大したことはなかったな!」
そう言って、さっと窓から離れる金凌に、思追は我慢できずに窓に近づいた。しかし隙間から外を覗いた瞬間、彼は率直に「あ!」と叫んで思わず後ろに飛びのいた。顔中を驚きと恐怖でいっぱいにして、慌てふためきながらあたりを見まわし、莫玄羽(魏無羨)を見つけると必死で彼に訴えた。
「莫先輩! 外にあれが……あれが……」
思追の反応に他の少年たちは、莫玄羽(魏無羨)と金凌が皆を騙してびっくりさせようとしていたことに気づき、もう誰も窓に近づこうとしなかった。
「思追、さっきのあれ、怖かったか?」
「怖かったです」と頷いて正直に答える思追。
莫玄羽(魏無羨)は「幽霊が人を驚かすのは、それによって人の心が傷つき、魂が激しく動揺して精気を吸い取りやすい状態になるからだ。仙門世家の弟子として何より重要なのは、度胸を鍛えることだ」と説明する。
そして、一人ずつ隙間から外を見て、見えたものを細かく観察することになった。
見たものの特徴を言い合う少年たち。金凌は、「目が白い、女、かなり小柄で痩せ型、顔はまあまあ、竹竿を持ってる」と。
思追は少し考えてから、「女の子の背はおそらく私の胸の辺りまで。服はボロボロであまり清潔感がなく、物乞いのような見た目です。あの竹竿はおそらく盲人杖で、彼女の目は死後に白くなったのではなくて、生前から目の不自由な人だったんだと思います」と。
次の少年は、「あの女の子はおそろくまだ十五か十六歳、瓜実顔の美人ですが、表情からは活発さも見て取れます。長い髪を木の簪で結い上げていて、簪の端には小さな狐の顔が彫られています。痩せ細っていて体つきは華奢で、身なりは清潔とは言えないけれど、遠ざけたいくらい汚くもありません。ちゃんと綺麗な服を着せて、髪を結ってあげたらきっと可愛らしい美人になるはずです」と。
また別の少年は、「つまりあの竹竿で地面をつつく音は、彼女が歩いている時に発していた音だったんですね。もし生前から目が不自由だったのなら、死後に幽霊と化しても見えないままだから、盲人杖が必要ですもんね」
さらに違う少年が、「でも変だよ。盲人がどんなふうか、お前らも見たことくらいあるだろう? 普通は何かにぶつからないように、ゆっくり動くものじゃないか。だけど、外にいる幽霊はかなり素早かった。あんなに俊敏な盲人は見たことがない」
少年たちの話を聞いた莫玄羽(魏無羨)は、「疑問の答えをはっきりさせよう」と言って、窓に打ち付けられた木板を一枚外し、外の幽霊に呼びかけた、「お嬢さん、君がこいつらにつきまとっていたのは、何か用があるからかな?」。
少女は驚いたようだったが、瞳のない目からは二筋の血涙が流れていた。彼女は身振り手振りで何か伝えようとしているようだが、声が聞こえない。口を大きく開いて見せると、舌が根こそぎ抜き取られていた。
少年たちはぞっとしながらも、目が見えない上に口もきけない彼女に同情を抱く。
少女は手話を使っているようだったが、誰もそれをわからない。焦れた彼女は地団駄を踏み、今度は竹竿で地面に文字のようなものを書いたり、ごちゃごちゃと人のような絵をあれこれ描いたが、誰も彼女の伝えたいことを何一つ理解できなかった。
そんな時、通りのずっと先の方から、慌ただしく走る音と苦しげな息が聞こえてきて、少女の幽霊が突然ふっと消えた。
(◎脇役列伝その1:藍思追(4ー5)へ続く)