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☆54 戚容[チーロン]

 現れたのは、青灯夜遊こと青鬼戚容。天界の神官に対してさんざ毒づく場面があるのでこれを書き出してみよう。まずは裴宿に対する批難から。

「ふん。恥知らずの犬も飛翔できるのか。たかが種馬の裴の太鼓持ちだろう。実力があるとでも思ってんのか。裴宿の奴は島流しの野良犬のくせに、俺の邪魔をしやがった。干からびさせて骨も拾えないようにしてやる」
「あの先祖にしてあの子孫あり。クソみてえにろくでもねえ。まずは種馬裴茗の逸物をぶった切って、次は裴宿の逸物だ。奴らの廟の前にぶら下げて、それを拝んだ奴も同じように、歩く度、膿が飛び散る」

 鬼市に手下を派遣して全滅させられた上、向かう途中だった五鬼、六鬼が裴宿にやられたことで怒り心頭なようだ。種馬と呼ばれているのは裴茗で、女好きの浮き名を流しているからだろう。太鼓持ちと呼ばれているのは、裴宿が裴茗の副官だったことを揶揄しているものと思われる。
 流刑中の裴宿は、焚き火の前に座ってぼんやりしている時に、たまたま鬼を見かけて、頭に蝋燭があることから青鬼の配下と気づき、不穏な気配を感じてこれを骨灰ごと吹き飛ばしたのだろう。一時的に法力を封じられているのではないかと思うのだが、一瞬の剣音の後、何事もなかったかのように同じ格好で焚き火の前に座っているので、実力は相当なものだ。
 膿とあるのは、「あれだけ女遊びをしていたら、性病にかかっていて当然だ」という戚容の憶測から出た言葉で、いずれにせよ下品極まりない言葉であることは間違いない。

「ふん。何が神官だ。天界にはろくな奴がいない。君吾は似非君主で、霊文は食わせ者。裴二人は不良品。郎千秋はマヌケ。権一真[チュエンイージェン:西方を守護する武神]はクソ。水師は腹黒。風師はあばずれ。どいつもこいつもすかしやがって、お見通しだぞ」
 言いたい放題だ。一体何があったらこんなに多くの者に不満を持てるのか。戚容にとって世の中は、気に入らないことだらけなのだろう。

「それとあの、絶境鬼王とやら。たかが『絶』の分際で、俺様を馬鹿にしやがった。いつか必ず奴を跪かせてやる」
 この言葉に花城は反応しない(取るに足らないと思ったからだろう)が、話しながら戚容が石像に足を掛けると、途端に憤怒に満ちた表情になり、前へ出ようとする。謝憐は話の内容が上天庭の神官に関する陰謀だったので、また花城の手に字を書いて、これを思いとどまらせる。

 一通りの話が終わると、戚容は連れてこられた人間に目をやり、手下の鬼は食餌を選ぼうとこれに近づく。谷子が選ばれそうになり、父親はそれを庇って「俺を食え」と激しく抵抗する。
 その隙に花城は前に飛び出て、戚容と正面から向かい合う。
「仙楽皇族がここにいる。少しくらい敬意を表したらどうだ」
 これは無論謝憐を指してのことで、相変わらず戚容が石像に足を掛けたままなのを批難しての言葉だろう。花城は戚容が何者かを知っているので、尚更言わずにはいられなかったということか。

 戚容は目の前の少年が自分を指して皇族を名乗ったと思い、「見上げた度胸だな。俺の前でそんな冗談をほざくとは。だったら言ってみろ。お前は何処いらの仙楽皇族だ?」と足元の石像を蹴り飛ばす。
 相当に重いだろうそれを一足で、花城の眼前まで勢いよく飛ばせる戚容も凄いが、それを片手で受け止める花城も凄い。そして侮蔑の象徴である石像さえ、両手で持ってそっと足元に据える花城の思いがもっと凄い。

 「安楽王だ」と花城は言い、謝憐の懐の不倒翁になった郎千秋が、それを聞いて動こうとする。高笑いの戚容は「安楽王? 死にたくても歴史書くらい読んどけ。安楽王は仙楽皇族最後の生き残りだったが、とっくの昔に死んだ」と。
「へえ? そうか。死んだ? どうやって?」
 怪しい奴だと鬼たちは一斉に駆け寄って取り囲むが、花城は意に介さず、目にも止まらぬ速さで壇上へ上がると、戚容の背後に回る。ゆっくりと振り返る戚容の頭を片手で掴み、「お前こそ何様だ。俺の前でずいぶん命知らずだな」と、その頭を床に叩きつける。手下は逃げ出し、石造りだろう床はばらばらに割れ、再度持ち上げられた戚容はもがきながら「誰か、こいつを止めろ。早くなんとかしろ」と叫ぶが、手下たちは遠巻きにして立ちすくむばかりだ。

「知らないのか。この世には止められないものがある。例えば、西に沈む太陽。例えば、虫ケラを踏み潰す象。そして、お前の薄汚い命を奪うこの俺だ」
 強者感全開の悪役ぶりを発揮する花城である。

 私はまずアニメ一期を観て、その後小説を読み、それから二期を観たのだが、ずっと戚容が嫌いだった。だがあの声を聞き、そしてこの場面、投げ飛ばされてずでーっと階段を滑り落ちて行くのを見た瞬間、少し戚容が好きになった。あの足の形が何か可愛いと思ってしまって。
 小説の戚容よりアニメの戚容の方が憎めない。ちょっと愛嬌があるように感じるのは、私だけだろうか。

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かんちゃ
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