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◎脇役列伝その1:藍思追(6ー9)
[◎脇役列伝その1:藍思追(6ー8)の続き]
藍思追は温寧の死者ながら無理に笑顔を作ろうとしている顔を見、どこかでこの顔を見たことがあると思った。
しかしそれを思い出す前に、思追の目には傍にいる金凌の姿が映った。彼の顔色は暗くひどいもので、剣を握った手を緩めたり握りしめたりしている。
思追は、温寧が彼の父親を殺した仇なのだということを思い出した。
金凌はきつく温寧を睨みつけ、周りの少年たちは金凌が衝動的に行動しないかと皆気が気ではなかった。
「金公子……」
思追が何か言おうとすると、金凌が遮った。
「どけ、お前には関係ない」
しかし思追は、これはきっと自分とは無関係ではないはずだと微かに感じ、進み出て金凌の前に立ちはだかる。
「金凌、とりあえず剣を収め……」
「俺の邪魔をするな!」
金凌は手を伸ばして思追を押す。思追は元から船酔いしていたので、足の裏から力が抜けて舷側にぶつかり、危うくそこを乗り越えて真っ暗な夜の川へと落ちそうになった。
幸い温寧に素早く掴まれて、引っ張って助けられる。他の少年たちも思追を支えに近寄ってきた。
周りの皆は思追を気づかい、金凌を非難する。
「そうだ! 全部俺が悪い! 俺はこんなにも最低な人間だ! それがどうした!?」
金凌は怒鳴り、「どう見てもお前が自分で先に手を出したっていうのに……なんで逆に怒るんだよ」と誰かが言うと、「なぜお前らが俺に説教する!? そんな筋合いなんてないだろう!?」と金凌は憎々しげに答える。
比較的距離の近い船に乗っていた魏無羨が「いったいどうしたんだ?」と声を張り上げ、彼と藍忘機の姿を見た思追は、どんな厄介な局面でも二人ならすべて自然に解決できる気がして、大喜びで返事をした。
「含光君! 魏先輩! 早く来てください!」
藍忘機は魏無羨の腰に手を回し、一緒に御剣して、思追たちのいる漁船へ降りてきた。
「とりあえず剣を下ろせ」と言う魏無羨に、金凌は「下ろさない!」と言いながら大声で泣き出してしまう。
「これは俺の父さんの剣だ。下ろさない!」
騒ぎを聞きつけたらしい船が続々と集まってくる。「阿凌!」と呼んだ江澄の船に、少し躊躇った後、金凌は飛んでいった。
魏無羨がまた何かやったのではないかと宗主の一人が詰問して、欧陽子真が反論する。
「子真の言う通りです!」
思追はすぐさま同意し、少年たちも口を揃えて子真に賛成する。
船は解散して離れていった。魏無羨はほっと深く息をつくが、その途端彼の顔には極度の疲労の色が浮かび、体も片側に傾いてしまう。
少年たちは思追を支えた時のように、一斉に近寄って彼の体を支えようとするが、その前に藍忘機がさっと素早く横向きに魏無羨を抱き上げた。
そのまま漁船の船室に入り、片手で魏無羨を抱いたまま、もう一方の手でそこにあった四脚の横長の腰掛けを横になれる広さに合わせ、その上に魏無羨を寝かせた。
その様子を見ていた思追は、急にあることに気づく。含光君は全身血みどろになっているものの、魏無羨が自らの袖を引き裂いて彼の小さな傷口に巻いた包帯は、まだちゃんと彼の指に結ばれている、と。
藍忘機は手ぬぐいを取り出し、魏無羨の顔についている固まった血の塊をゆっくりと拭き取っている。真っ白な手ぬぐいはすぐに一面赤黒く染まってしまうが、彼の顔は汚れたままだ。
「含光君、どうぞ」
思追は自分の手ぬぐいを取り出して、両手で藍忘機に差し出した。
受け取った藍忘機は俯いて顔を拭い、汚れていた顔が真っ白になると、少年たちは、やはり含光君の顔はこのように氷雪の如くあるのが自然だと感じた。
長椅子がすべて魏無羨の寝台として使われているため、少年たちはただ見ていることしかできず、輪になってその場にしゃがみ込んだ。誰かをからかったり、調子のいいことを言って皆を笑わせてくれる魏無羨は横になっていて、藍忘機は一言も喋らない。彼が黙っているのに何かを話すような度胸は、誰にもない。
『……退屈すぎる』
少年たちは皆、心の中で呟いた。暇を持て余して、彼らは視線で会話し始める。
『含光君はずっとこんな感じで、一言も話さないのか。魏先輩がこの人と毎日一緒にいて、我慢できるはずないだろうな……』
思追は真剣な顔で深々と頷き、声に出さずにそれを肯定した。
『含光君は、確かにずっとこうです!』
この後、魏無羨が寝言のように「藍湛」と藍忘機を呼び、いつもと変わらない表情のまま藍忘機が「うん。ここにいる」と答えると、とても安心したかのように魏無羨が藍忘機のそばに体を寄せ、再び眠りに落ちる。少年たちは呆然と二人を眺めながら、なぜかはわからないが、突如顔を赤らめた。
思追は率先して立ち上がり、動揺しながら口を開く。
「含……含光君、私たち、少し外に出ます……」
ほとんど逃げるように彼らは甲板まで駆けていく。そこには温寧がいて、先ほどまで彼らは温寧が魏無羨を支えようともせず、船室に入ろうともしないことを変だと思っていたが、その時ようやくその理由に気づいた。
鬼将軍は実に賢明だ。ーーあの中には、三人目など入れるわけがない!
温寧は彼らが座るための場所を空けてくれたが、近づいていったのは思追だけだった。
「藍公子、君のこと、阿苑って呼んでもいいかな?」
「もちろんです!」
「阿苑、ここ数年元気で過ごしていた?」
「すごく元気ですよ」
「含光君は、きっと君にとても良くしてくださったんだろうね」
「含光君は私に対して、兄のように、父のように接してくださり、私の琴もすべて含光君が教えてくださったんです」
「含光君は、いつから君の面倒を見始めたの?」
「私もはっきりとは覚えていないのですが、おそらくは、私が四、五歳の頃だと思います。かなり幼い頃のことなので、ほとんど記憶にないんです。でももっと幼い頃は、含光君も私の面倒など見られなかったはずなんです。どうやらあの頃、何年もの間、含光君はずっと閉関していたみたいなので」
そして思追は思い出すーー含光君が閉関していた時、第一次乱葬崗殲滅戦はその時に起きたのだと。
そうこうしている内に、船は雲夢に到着する。
蓮花塢の中には入らないと魏無羨に告げる温寧に、「温殿、私もご一緒します」と思追は声をかける。
まったく思いもよらないその申し出は、彼(温寧)にとって非常に嬉しいものだった。
藍思追は笑って続けた。
「はい。先輩方は中で大事な話し合いをされますから、どのみち私がいたところでなんの役にも立ちません。話の続きを聞かせてください。先ほどはどこまで伺いましたっけ? 魏先輩は本当に二歳の幼子を大根みたいに土の中に埋めたことがあったんですか?」
(中略)
「その子供はなんてかわいそうなんでしょう。でも実を言うと、私も小さい頃に含光君の手でウサギの群れの中に放り込まれたことがあるんです。あのお二人、実はすごく似ているところがあるんですね……」
「第十九章 丹心」での思追の出番はここまでだ。
この後(祠堂で魏無羨が気を失い、そこに現れた温寧が江澄に金丹の秘密を明かす場面の後)、藍忘機と温寧が思追について話す場面があるが、その話は思追の過去編を書く時に、冒頭でしたいと思う。
次に藍思追が登場するのは「第二十二章 晦蔵」の終盤、観音廟での事件も解決した後だ。ほとんど賑やかしにやって来るばかりだが、ちょっとだけ鋭いところも見せるので、紹介しておこう。
その後は「第二十三章 忘羨」のシーンがあって物語は終わるが、以前から話していたように「忘羨」の後に思追の過去に関する話をまとめて書く予定だ。
残りも少なくなってきた。今しばらくのお付き合いを、よろしくお願いしたい。
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