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◎脇役列伝その1:藍思追(7)

 今回の話は、雲夢うんぼう雲萍城うんへいじょうにある観音廟での出来事だ。
 この場所では重大な事件が起こるが、それらが一応の決着を見た後に、仙子シェンズー金凌ジンリンの霊犬)に導かれ、雲夢ジャン氏の主管とその門弟たち、藍啓仁ランチーレン藍忘機ランワンジーの叔父)と姑蘇こそラン氏の一行、その他まだ蓮花塢れんかう(雲夢江氏の拠点)を立ち去っていなかったいくつかの世家せいかの者たちなど数百人が、抜き身の剣を手に観音廟に乗り込んでくる。
 その中の一人が藍思追ランスージュイだ。

アニメ『魔道祖師』の藍思追

 殺し合いでもしようかという勢いで中に入った者たちが見たのは、一面死体や怪我人ばかりの惨憺たる状況で、皆呆気に取られている。
 そんな中、
含光君がんこうくん!」
ウェイ先輩!」
「老祖先輩!」
 藍啓仁の後ろから、姑蘇藍氏の少年たちが飛び出してきて、次々と叫んだ。

 藍思追は左手で藍忘機の袖を掴み、右手で魏無羨ウェイウーシェンの腕を掴むと、嬉しそうに見上げた。
「良かった! 含光君、魏先輩、お二人ともご無事で。仙子があんなに焦っているのを見て、私たちはてっきりお二人が何かとても厄介な状況に遭遇したのかと思っていました」
「思追、落ち着けよ。含光君に解決できない状況なんてあるわけないじゃないか。だから心配しすぎだって言っただろう?」
 藍景儀ランジンイーがそう言うと、藍思追が反論する。
「でも景儀、道中ずっとあれこれ心配していたのは君の方だったじゃないか」
「やめろよ! でたらめ言うなよな」
 藍思追の視界の端に、ようやく地面から立ち上がった温寧ウェンニンが見えると、すぐさま彼はそちらへ行って温寧も引っ張ってきて、少年たちの輪の中に入れた。そして、口々にやかましくここまで来た経緯いきさつを話し始める。

『魔道祖師』4巻「第二十二章 晦蔵」より  

 捕らわれた金凌のために走り続けた仙子は、雲萍城の近くで駐留していた雲夢江氏の配下の一族に吠え立てて何かを訴えた。名家の霊犬が主の危機を知らせていると見たその一族の若宗主が、御剣ぎょけん(剣に乗って宙を飛ぶこと)して蓮花塢に知らせ、主管が宗主(江澄ジャンチョン)の甥の霊犬と確認、直ちに救援を送ることになった。
 ちょうどその時、姑蘇藍氏の一行も蓮花塢を去ろうとしていたが、藍啓仁はなぜか仙子に行く手を阻まれた。仙子は思追の服の袖から白い布を細長く噛みちぎって、輪のようにして頭の上に乗せ、地面に横たわって死んだふりをした。
 藍啓仁には意味がわからなかったが、思追ははっと悟った。
「先生(藍啓仁のこと)、この子のその姿、我々の抹額まっこうを真似ているのではないでしょうか? この子は我々に、含光君、あるいは藍家の者が危ない目に遭っていることを伝えたいのでは?」

 こうしてやって来た彼らが、二人の無事を喜んでいる中、ふいに思追は魏無羨の腰の辺りに目を留め、ぎょっとした顔になった。

「……魏先輩?」
「うん? なんだ?」
 魏無羨が問い返すと、藍思追は呆然とした様子で続けた。
「あなたの……あなたのその笛、私に見せていただけませんか?」
 魏無羨は腰から笛を抜いて差し出す。
「これがどうかしたか?」
 藍思追は両手で笛を受け取ると、微かに眉根を寄せた。それを見つめる表情にはやや困惑が滲んでいる。藍忘機はその様子を見つめていて、魏無羨はそんな藍忘機の方を向いて尋ねた。
「お前んとこの思追はどうしたんだ? 俺の笛が気に入ったのかな?」

『魔道祖師』4巻「第二十二章 晦蔵」より

 観音廟での一件の最中、魏無羨は江澄から、かつて愛用していた彼の笛・鬼笛きてき陳情チェンチン」を渡されている。思追が手にした笛は、その「陳情」だ。
 この時、思追はその笛に「見覚えがある」と感じて、頭の中でその理由を探ろうとしている。そして、藍忘機はその理由を知っている。(魏無羨はまだ気づいていない。)

 「思追」と藍忘機に声をかけられ、ようやく思追は我に返り、その笛を魏無羨に返す。「魏先輩」と思追は何か言いたげだが、魏無羨は江澄に「ありがとう」「これはさ、俺が……もらっておくな?」と話しかけ、そのまま話は終わってしまう。

 観音廟では後始末に皆が奔走する中、魏無羨と藍忘機の姿が消えていた。
「あれ、思追は? なんで思追までいつの間にかいなくなってるんだ?」
 藍景儀の問いに答える者はなく、思追と共に温寧の姿も消えていた。


 この項はここまで。

 乱葬崗らんそうこう伏魔洞ふくまどうでの出来事から、ずっとモヤモヤしたままの思追の頭の中。
 何も覚えていない幼い頃の出来事が、間もなく甦ろうとしている。おそらく「陳情」がその最後の鍵になったのではないだろうか。あとは温寧オジサン(親の従兄弟)に確かめるだけ、というところまで来たと思う。

 次回はいよいよ「第二十三章 忘羨」の場面。
 魏無羨の驚く顔が楽しみだ。

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かんちゃ
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