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☆16 仙楽太子悦神図

 一夜明けて、菩薺観の朝。

 謝憐の寝相が面白い。三郎の右側で右を向いて寝たはずなのに、一夜明けると真ん中で左を向いている。三郎の姿はなく、まるで謝憐が寝返りをうってのし掛かり、三郎を追い出したかのようだ。

 起き上がった謝憐は、供物卓の上方に掛かった絵を見つける。
 この絵は『仙楽太子悦神図』という。天界の「四名景(よんめいけい:上天庭にいる四名の神官が飛翔する前の美談)」の一つ「太子悦神(たいしえっしん:謝憐が神武通りで人々に強烈な印象を残した話)」を描いたもので、華麗な衣装を見に纏い、黄金の仮面を被って、片手に剣、片手に花を持っている。
 八百年前に消え、今では誰も見たことがないはずの絵だ。

 観の表で三郎を見つけた謝憐は、絵を描いたのが三郎だと確認した後、「寝癖がついてる。整えてあげよう」と三郎の髪に触れる。その本当の狙いは、三郎の髪を観察することだ。
 日本語版原作小説(以下、原作と略す)にはこう記されている。
「人間の髪の毛は数え切れないほどある上に、一本一本が非常に細くはっきりと分かれている。だが、妖魔鬼怪が作った偽の皮の髪の毛は、もやもやした黒い雲の塊のようなものか、一本一本貼りつけた布切れのようなものか、はたまた……いっそつるっぱげかのいずれかだ」
 三郎が『仙楽太子悦神図』を描いたことで、謝憐はこう思ったろう、「この絵を知っているなんて、まさか八百年以上も生きているってこと? そんな人間、ありえないだろう」。

 水鏡の前に三郎を座らせ、謝憐は熱心にその髪を調べるが、何も異常は見つからない。あまりに長くいじっているので、三郎は「兄さん? 本当に髪を整えてる? 僕を狙ってるの?」と謝憐をからかう。そそくさと髪をまとめ、何かを思い出したかのように立ち去る謝憐。
 「さっきより乱れてる」と思いながら、直そうとせず、ずっとそのままにしておく三郎の心が可愛らしい。

 一方、謝憐は暖簾を替え、そこに呪符を貼っていく。「へきじゃふ」と謝憐は言っているが、おそらく「辟邪符」という字ではないだろうか。「邪物の侵入を防ぐ」と言っているので、魔除けのお札だろう。
 原作では、垂れ幕に直接描いてあり、以前に描いていたものらしい。

 この後、暖簾じゃあんまりだと思ったらしい三郎が、見事な出来の扉を作ってくれ、二人仲良く道観の修繕をして、一息ついたところへ村人が幾人もやって来る。昨夜の牛車の持ち主が、「ここに住む仙人様が、襲ってきた鬼を神聖なる力で撃退してくれたんだ」と言って、他の村人と共に供物を手に訪ねて来たのだ。
 戸惑う謝憐だが、「お供え物も多い。兄さん、信者が出来たじゃないか」と三郎は微笑む。
「普通なら、半年は誰も来ないのに」
「信者が増えたらいけないのか?」
「いけないことはない。ずっと無視されていたのに、急に何人も来たから驚いているんだ。三郎の運の良さにあやかれたかな。また君のおかげだ。ありがとう」
 それを聞いて、三郎はつぶやくように言う、
「僕の運気が役に立つのなら、全部あげる」

 まるで、全てを捧げて悔いはない、と言わんばかりの言葉である。

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