◎脇役列伝その1:藍思追(4ー1)
深い霧が立ち込める蜀東の「亡霊の棲む町」、義城。
藍思追、藍景儀ら藍家の門弟、金凌、他の仙門世家の公子たちは、揃ってその場所にいた。
深い霧の中を一団となって歩いていると、いきなり前方から何かが投げつけられ、彼らは瞬時に剣を抜いて反撃する。だがその剣芒は、一筋の剣の軌跡によって全て打ち返された。手強い相手の登場に慌てふためく少年たち。
その時、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「金凌? 思追?」
「莫公子ですか? もしかして、含光君も来ていらっしゃるんですか?」
問いかける藍思追の声は、抑えようとしても、隠しきれない喜びに溢れていた。
「うん、来てるよ。今俺の隣にいる。お前らもこっちに来な」
彼らは霧の向こうにいたのが敵ではなく味方だとわかって安堵し、一斉に駆け出した。
莫玄羽(魏無羨)は彼らを宥めながら、いきなり攻撃したことについて「含光君がいたからよかったけど、一般人を傷つけたらどうするつもりだ?」と言ったが、金凌は「こんなところにいるわけないだろう。この町にはそもそも人なんていないんだから」と反論する。
藍思追も頷いて、「晴れた昼間なのに、怪しい霧が立ち込めたままで、しかもすべての店が門戸を閉ざしています」と。
「そもそもお前らはどうしてここに集まったんだ?」と訊かれ、思追が「それについてお話しすると長くなるのですが、私たちはもともと……」と答えようとしたところ。
霧の中から「カツカツカツ」「コツコツコツ」と、竹竿で地面をつつくような耳障りな音が響いてきた。
「まただ!」
少年たちは一斉にざわめいて顔色を変えた。その音は、なぜか聞こえたり消えたり、その距離も近かったり遠かったりしている。いったいどういう類のモノがこんなふうに不気味な怪しい音を出しているのかも判断できない。
「皆こっちに来て、近くに固まれ。むやみに動いたり、剣を抜いたりするなよ」
莫玄羽(魏無羨)が注意を促す。しばらく様子を窺っているうち、音はぴたりと止まった。世家公子の一人が小声で口を開く。
「またかよ……いったいいつまで僕たちにつきまとうんだ!」
「ずっとお前らについてきてるのか?」
驚く莫玄羽(魏無羨)に、思追が説明する。
「町に入ったあと、あまりに霧が濃いので皆はぐれないように固まっていたら、突然あの音が聞こえてきたんです。最初はまだ先ほどのように速くなくて、一回一回がゆっくり響いていました。その時、霧の中を小さな影がゆっくり歩いていくのがおぼろげに見えたので追いかけたのですが、すぐ消えてしまって……それからです。あの音が私たちにつきまとうようになったのは」
「影はどれくらい小さかった?」
思追は手を自分の胸のところまで上げ、「このくらいです。小柄で、とても痩せていました」と答えた。
「お前らが町に入ってから、どのぐらい経った?」
「そろそろ半柱香になります」
「半柱香? 含光君、俺たちはどれくらいだ?」
莫玄羽(魏無羨)の問いかけに、立ちこめる白い霧の奥から藍忘機の声が聞こえてくる。
「もうすぐ一柱香だ」
「おい、俺たちの方が早く町に入ったのに、なんでお前らは俺たちの前にいたんだ? しかも、道を折り返してきてやっと会えたなんて」
「折り返したって? 俺たちはずっとこの通りを真っすぐ、前に向かって進んでいただけだぞ?」
金凌が口を挟んだ。話が合わない。通りが誰かに細工されて、迷陣と化しているのだろうか。
「試しに御剣して上まで飛んでみたか?」
莫玄羽(魏無羨)の質問に、また思追が答えた。
「試しました。でも、かなり高く飛んだつもりが、実際はそれほど上昇できていませんでした。しかも得体の知れない黒い影が空中を飛び回っていて、私一人では対処できないと思い、そのまま降りました」
その言葉に、全員が押し黙った。どうやら義城の霧は自然に発生したものではなく、妖霧のようだと気づいたのだ。
「この霧、まさか毒じゃないですよね!?」
藍景儀が動揺した声を上げた。
「おそらく毒はないだろう。俺たち、結構長いことここにいるけど、まだ生きてるからな」
この後、金凌が仙子[シェンズー:金凌の叔父・金光瑶が贈った、金凌の霊犬]のいないことを嘆き、ロバのせいだと言い出す。景儀は、仙子が林檎ちゃん(魏無羨のロバ)に噛みついたせいで蹴られて、二匹とも動けなくなったと反論する。
「お前たちはなんで林檎ちゃんを夜狩に連れていったりしたんだ?」と莫玄羽(魏無羨)。
「えっと……莫公子、すみません。あなたの林檎……ロバは、雲深不知処で毎日騒いでいて、ずっと前から先輩方からも苦情を受けていたんです。それで、次の夜狩に必ず一緒に連れていって、追い払ってこいと命じられて、それで……」
思追はすまなそうに事情を説明した。
金凌と藍景儀は その後も言い争うが、唐突に辺りが静まり返る。
「騒がしい」
藍忘機が皆に禁言術をかけたのだ。
ちょうどその時、左前方の迷霧の中から、新たな足跡が聞こえてきた。
(◎脇役列伝その1:藍思追(4ー2)に続く)