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◎脇役列伝その1:藍思追(5ー3)

(◎脇役列伝その1:藍思追(5ー2)の続き)

 一行は潭州たんしゅうに到着した。藍曦臣ランシーチェンと合流する前に、彼らはある花園の前を通りかかり、それが広大で立派なのに、誰も手入れをしていないようなのが気になって、中に入って見物して回った。
 興味津々に花園を半分ほど回ったところで、藍思追ランスージュイが質問した。
「ここは蒔花女しかめの花園でしょうか?」

 蒔花しかとは季節に応じて咲く花期の短い花卉かきのこと。この後、蒔花女の花園について、思追と藍景儀ランジンイーとの間で会話が続く。それを抜き出してみよう。

「私の記憶違いでなければ、おそらくここが蒔花女の花園です。この花園はかつてはかなり有名だったので、本で読んだことがあります。その本の中の『蒔花女魂しじょかこん』編には、こう記されています。潭州に花畑あり、花畑に女あり。月光の下で詩を吟じ、佳詩かしであれば蒔花を一輪贈り、三年枯れずに香り続ける。佳詩でなければ、あるいは間違いがあれば、女は忽如こつじょとして現れ、つらに花を投げ、また消える」
「詩を間違えたら、彼女に花で顔を叩かれるのか? 鼻に棘がついていなければいいけど。でないと俺が試したら、絶対に叩かれて顔中血だらけになる。それで、それはどういう妖怪なんだ?」
 さらに藍景儀に聞かれ、藍思追は答える。
「妖怪のたぐいではなく、おそらく鳥獣草木が怪になった精怪せいかいでしょう。言い伝えによると、花畑の初代主人は詩人で、彼は自分の手で一から花を育てて、花を友だと思い、毎日ここで詩をんでいたため、花卉たちが文人ぶんじんの気と詩情に染められて精魂せいこんが凝縮され、蒔花女と化したそうです。だから、よそから誰かが訪れて、い詩を詠めば、彼女は自分を育ててくれた人を思い出し、嬉しくなって花を一輪くれるのです……もし詩が気に入らなかったり、間違っていたりすると、彼女は花々の間から現れて、花で相手の頭や顔を叩きます。叩かれた人はそのまま気を失い、目覚めた時には既に花園の外に放り出されているのです。十数年前は、この花園を訪れる人は絶えなかったそうです」
(中略)
「蒔花女はきっとかなりの美人だろう? そうじゃなかったら、そんなに多くの人たちが来るわけないよな?」
「恐らく綺麗な人なのだと思います。なんといっても、とても美しいものたちが凝縮されて生まれた、こんなにも風雅な精怪ですよ。でも実は、誰一人として蒔花女の顔をはっきりと見たことはないんです。たとえ自分で詩を書けなくても、詩の一つや二つをそらんじるだけなら難しいことはありませんから、それでほとんどの人々は皆、蒔花女から花を贈ってもらえて、詩を間違えて詠んで叩かれた人々も、そのまま気絶してしまいますから、同じように顔を見ることは叶いませんでした。ただ……一人を除いて」
「誰だ?」
夷陵老祖いりょうろうそ魏無羨です」
(中略)
「あの大悪党、今度は何をしでかしたんだ? まさか、顔を見るために蒔花女を強引に捕まえたとか?」
「さすがにそこまではしなかったみたいです。ただ、彼は蒔花女の顔をはっきりと見るために、わざわざ雲夢から潭州まで来てこの花園を訪れ、わざと何度も詩を間違え、蒔花女を怒らせて花で叩かれ、外に放り出されたんです。そして目覚めると、また花園へ入ってきて、大声で間違った詩を詠む。これを二十数回繰り返して、やっとのことで蒔花女の顔をはっきりと見ることができた彼は、会う人会う人に彼女の美しさを称賛して回りました。蒔花女は彼に激怒するあまり、その後長い間現れませんでしたが、彼が来ると花の暴風雨を降らせ、大量の花で叩きつけるそうで、それはそれは奇妙な光景だったとか……」

『魔道祖師』2巻「第九章 佼僚」 

 真面目でしっかり者、同年代の藍家の少年たちの中でもおそらく最も模範的だと思える思追だが、ここでは長々と蒔花女について語っている。景儀も知らないこんな話、一体どこで何を読んだものやら、雲深不知処の雰囲気から考えるとずいぶんと俗っぽい話だと思うのだが、よく覚えていて熱心な話ぶりだ。

 この後、蒔花女の話に興味津々になった彼らは、この蒔花園で野宿をすることに決める。

(◎脇役列伝その1:藍思追(5ー4)へ続く)

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かんちゃ
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