◎脇役列伝その1:藍思追(1−2)
(画像は『魔道祖師』前塵編一話より 藍思追と藍景儀)
(『◎脇役列伝その1:藍思追(1−1)』の続き。)
そこへ莫玄羽(魏無羨)が何人かの家僕によって引きずられてくる。
その莫玄羽(魏無羨)に向かって、莫夫人が横から突然駆け寄った。手に刃物が握りしめられているのに気づき、思追はそれを叩き落とす。
「莫夫人、ご子息のこの亡骸の様子、血肉と精気がすべて吸い取られていて、どう見ても邪祟の仕業です。これは彼がやったことではないと思います」
だが、莫夫人は興奮していて、声を荒げる。莫玄羽の父親は仙門の人間だから、いろいろな邪術を習ったに違いない、と。
思追は「夫人、証拠もなくそんなことは……」と言いかけるが、莫夫人は変わり果てた息子を指差した。
「証拠は息子の体にある!」
その時、莫玄羽(魏無羨)が死体に近寄り、それを覆う白い布を頭の方から一気にめくった。死んだ莫子淵の体には、左腕が肩の先から全部無い。
莫夫人は、昨日莫玄羽(魏無羨)が「また俺の物を盗んだら、代わりに腕を一本斬り落としてやる」と言ったことを覚えていて、憤りを藍氏の少年たちにぶつけたあと、今度は顔を覆ってむせび泣く。
莫玄羽(魏無羨)はそれを相手にすることなく、莫子淵の懐を探り、何かを取り出した。それが召陰旗だとわかった途端、思追らは事の顛末を理解した。
莫子淵は昼間莫玄羽に恥をかかされたことを恨み、彼に報復しようと探していた。見つからないまま夜になり、西の離れを通りかかったところ、庭の塀に立てられた召陰旗を見つけた。莫子淵は手癖が悪い(莫玄羽の物を何度も盗んでいる)。見たらどうしても手に入れたくなってしまった。
夜は絶対に出歩かない、西の離れにも近寄らない、黒い旗には決して触らないように、と注意されていたはずなのに、これを軽く考えて、思追らが彷屍の相手をしている隙に、こっそり一枚持ち帰った。
藍家の少年たちは自らをおとりにしていたが、皆身を守るための法器を数多く持っていた。だが莫子淵にはこれが無い。獲物は弱い方から狙われる。だから邪祟も自然と彼に引き寄せられた、というわけだ。
莫子淵の死を自業自得だと認めたくない莫夫人は、喚きながら莫玄羽(魏無羨)に向かって茶碗を投げつけた。そして、今度は藍思追に向かって金切り声を上げた。
「あんたもだ! 使えない奴らめ、何が仙門だ。何が退治だ。子供一人すら守れなかったくせに! 阿淵[アーユエン:莫子淵の愛称]はまだ十代なのよ!」「あんたもだ! 使えない奴らめ、何が仙門だ。何が退治だ。子供一人すら守れなかったくせに! 阿淵[アーユエン:莫子淵の愛称]はまだ十代なのよ!」
この場面、罵られた思追たちの反応を、小説の描写から抜き出してみよう。
藍家の少年たち自身もまだ幼く、姑蘇を出て鍛錬したのもほんの数回だけだ。この地の異常に気づけず、まさかここまで残虐な邪祟が現れるなんて思いもしなかった。彼らも自分たちに見落としがあったことを心苦しく思っていたが、莫夫人から理不尽に怒鳴られて、全員の顔色が微かに青くなった。
何しろ名門世家の公子たちだ。今まで誰からもこのようなひどい仕打ちを受けたことなどなかった。
姑蘇藍氏の指導は恐ろしいほど厳しく、無力で抵抗できない一般人に手を出すのはもちろん、失礼を働くことも許されない。本音ではどれだけ彼女の言い分を不快に思っていても、表には出せず、我慢のあまり顔色はさらに青褪めていく。
「あんた、誰に向かって怒鳴ってるんだ? 彼らを自分の家僕だとでも思っているわけか? 遥々遠くからここまで来て、タダで彷屍を退治してくれているっていうのに、彼らに何か貸しでもあるようなその態度はなんだ?」
莫玄羽(魏無羨)が不快感を露わにし、藍景儀たちは鬱憤が晴れて、顔色もましになる。
莫夫人は憤りのあまり目の前の者たちに危害を加えようと考え、「屋敷の者を集めなさい!」と夫に命じるが、夫は動こうとしないばかりか彼女を押し返す。「出て行け!」と言っても動かないので、阿童[アートン:莫子淵と一緒に莫玄羽を虐めていた家僕]が夫を支えて外に出た。
だが、いくらもしないうちに、今度は庭の方から誰かの甲高い絶叫が響いてくる。
庭には、痙攣して座り込んだ阿童と倒れ込んだ誰かがいた。倒れている者は、莫子淵とまったく同じように変わり果てた死体で、おそらく莫夫人の夫と思われたが、同様に左腕が一本なくなっていた。それを見た夫人は気絶してしまう。
藍思追、藍景儀らの顔からも血の気が引いていたが、思追は真っ先に落ち着きを取り戻し、座り飲んでいる阿童に問いかけた。
「何を見たのですか?」
阿童は口を開けることもできず、ただひたすら首を横に振るばかり。思追は焦りを感じて、他の弟子に指示して彼を中まで運ばせると、振り向いて景儀に聞いた。
「信号弾は打ち上げた?」
「ああ。でも、もしこの近くに助けに来られる方がいなかったら、藍氏からの応援はおそらく半時辰(一時辰は二時間)はかかるぞ。どうすればいいんだよ? あれがいったいなんなのかすらもわからないのに」
彼らはここから逃げることができない。そんなことをすれば、一族に恥をかかせるのはもちろん、人に合わせる顔がなくなってしまう。それに、莫家の人たちの中に邪祟が潜んでいる可能性を考えると、彼らを連れて逃げることもできないのだ。
思追は歯を食いしばった。
「応援が来るまで、ここは守り抜くんだ!」
少年たちは大広間の周囲に立って厳重に守りを固め、さらに大広間の中と外に呪符をびっしりと張った。思追は大広間の中で、左手で阿童の脈を測り、右手を莫夫人の背中に当てて霊力を送る。二人を同時に手当てすることができず焦っていたその時、阿童が起き上がった。
(以下、『◎脇役列伝その1:藍思追(1−3)』に続く。)
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