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◉「第十四章 優柔」雑感

 藍思追ランスージュイはいつも、藍家や他の世家の少年たちと共に行動しているが、捕えられたり誘き寄せられたりばかりで、物語の起点となることが多く、魏無羨ウェイウーシェン藍忘機ランワンジーの活躍の引き立て役になっている。

 だが、同じ年頃の少年たちの中にいると、大抵最も冷静で賢く、皆をよく宥め、またまとめ役となって主導する場面が多い。特に藍景儀ランジンイーをはじめとして藍家の直系の少年たち(皆、親戚だ)は、普段はふざけ合いながらも、いざという時には厚い信頼を寄せ、素直に彼に従っている。
 今はまだまだ頼りない藍思追だが、いずれ大人になって、彼らの世代が修真界しゅうしんかい(仙人となることを目的とする修行者たちの世界)の中心となっていく頃には、姑蘇こそ藍氏の名士として名を馳せているだろうことは、想像に難くない。

 さて。この章での魏無羨と藍忘機。
 特に最後の、江澄ジャンチョンを筆頭に乱葬崗にやってきた面々と対峙する魏無羨は、何を言っても悪いことは全て自分のせいにされるという過去と同じ経験を味わいながらも、「今はもう一人ではない」と隣に立つ藍忘機のことを心底頼もしく、また嬉しく思っている。
 金鱗台・清談会で正体がバレて逃げ出した時も、「含光君、おまえはついてくるな!」「本当に俺と一緒に来るつもりか? 正門を出たら、お前の名声は地に落ちるぞ!と言いながら、金凌に刺されて気を失いかけ、背負われて逃亡していく時、「うん」「ここにいる」と聞いただけで、『どこか悲しみにも似た感情のせいで、心臓の辺りが微かに痛み、それと同時にじわりと少し温かくなった。』と描写されている。

 藍忘機は、蘇った魏無羨の存在を知った時、二度と過去の過ちは繰り返さないと心に誓ったことだろう。
 その過ちは、藍家のしきたりに捉われ、今まで正しいと思ってきたことを捨てきれずに、己の感情に素直に従うことを良しとしなかったこと。そしてその結果、この世で最も愛しいと思う魏無羨を失ってしまったことだ。
 彼にとって、己の名声など何の価値も持たない。それはおそらく、そもそもそんなものに興味がなかったからだと思うが、魏無羨の前なら特に、そんなものは簡単に捨てられる。
 藍忘機にとって、魏無羨以上に価値のあるものなど何もないのだ。

 この時点では、そんな藍忘機の気持ちをまだ何も知っていない魏無羨だが、孤立無援で世界中を敵に回して戦っていた過去がどれほど辛いものだったか、しみじみとわかっている魏無羨だからこそ、たった一人の味方がどれほど心強いか。
 まして藍忘機の実力は折り紙つきだ。
 否、今の彼には藍忘機だけではない。鬼将軍こと温寧ウェンニンもついているし、力及ばずと言えども藍思追のように自分たちを信じてくれる者もいる。

 伏魔洞ふくまどうで、出て行こうとする思追たちを真っ先に追った少年。彼は巴陵はりょう欧陽オウヤン氏の一人息子・子真ズージェンだ。義城で、盲目の幽霊・阿箐アージンをよく観察して魏無羨に「恋多き男になる」と言われ、事が終わった後は紙銭を燃やしながら阿箐を思って泣いていた。
 巴陵欧陽氏は、雲夢うんぼうジャン氏が管轄する地域の近くに拠点を置いているので、江澄には強く意見できないらしい。
 だが、その息子・子真は、義城での経験もあって魏無羨たちを信じたいという気持ちになっている。義城にいた少年たちは皆、同じ思いでいるだろう。仲良くなった藍家の少年たちは、藍忘機に対する信頼を何一つ崩していないし、その藍忘機が味方する魏無羨なら、信じるに値すると思っているからだ。
 そして。魏無羨を親の仇と思っている金凌ジンリンでさえ、気持ちが揺らいで、江澄の主張を最早全面的に受け入れる気持ちにはなれないでいる。

 だが、大人たちは「自分たちは正義」と思い込んでいる。即ち、夷陵老祖いりょうろうそ・魏無羨が「邪悪」であり、これは「正義」対「邪悪」の戦いなのだ、と。
 だから、子供の言うことなどには耳を貸そうとしない。
 その思い込みから抜け出すには、自分たちの目でこれから起こることを見、経験するしかない。
 もっとも彼らは、常に自分たちに都合の良いことしか考えようとはしないのだが。

 物語は佳境に入った。これからほとんどの謎が解き明かされ、登場人物の多くにとって今までの価値観がひっくり返っていくところだ。
 それに伴い、魏無羨と藍忘機の仲もどんどん親密になっていくところ。
 脇役列伝・藍思追(6)では、「第十九章 丹心」の終わり、伏魔洞の事件後、船で雲夢に向かって進んでいく場面までお伝えしたいと思っている。

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かんちゃ
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