◎脇役列伝その1:藍思追(4ー6)
(◎脇役列伝その1:藍思追(4ー5)の続き)
金凌は声に出さず口の形だけで言葉を伝え、埃まみれの卓にその文字を書いた。『霜華』。暁星塵の剣だ。
男の様子からこの場にいる皆は、彼が櫟陽常氏の事件のあとに失踪した暁星塵だと思った。
暁星塵と思われる男は霜華を持ち、屍毒で屍変する前に一体でも多くの彷屍を退治しようと、外に出ようとする。外には何百もの彷屍が集まってきているようだ。
二体の紙人形だけでは守りきれないと思った莫玄羽(魏無羨)は、白紙の呪布を持っている者がいないか訊く。
「ありません」と藍思追。描いてあるものでもいいと言うので、思追が乾坤袋から黄色い呪布の束を取り出すと、莫玄羽(魏無羨)は一枚抜き取り、丹砂で描かれた呪文の上に、自分の血で何かを描き加え、双方が融合した新しい呪符を作った。
呪符は宙で燃え上がり、その灰を受け止めた莫玄羽(魏無羨)は、目の前の紙人形たちに向けて、ふーっとそれを吹きつける。
「野火焼けども尽きず、春風吹いてまた生ず」
呪符の燃えかすが紙人形たちの顔に触れると、、二、三十体はいる紙人形が次々動き始め、莫玄羽(魏無羨)の命に従って。扉から外へ飛び出していった。
莫玄羽(魏無羨)は暁星塵と思われる男に残っていた一杯の粥を勧める。男はあまりの辛さに口元を震わせたが、何とか吐き出さないように堪え、礼を言った。
しかし、「もしこれを毎日食べることになったら、確かに私も死を選ぶでしょうね」と言ったので、金凌は容赦なく皮肉な笑い声を上げ、つられて思追までも「ぷっ」と小さく吹き出した。莫玄羽(魏無羨)が無言で見つめているので、思追は慌てて真面目な表情に戻る。
紙人形たちは彷屍を全滅させ、通りは静寂に包まれる。気を緩めようとした時、暁星塵と思われる男が「上です!」と鋭く声を上げ、莫玄羽(魏無羨)も「離れろ!」と叫んだ。
次の瞬間、部屋の天井に大きな穴が空き、黒い人影が現任侠にれた。全身黒い道服を着た背の高い男だ。しかし両目には瞳がなく、白い目だけがそこにあり、凶屍だと分かった。
道士は一番近くにいた金凌を狙う。すぐに剣で防御したが、なおも道士は剣を振い、暁星塵と思われる男がこれを防ぐ。しかし彼は、とうとう屍毒が回ったらしく、ぐったりと倒れて動かなくなってしまった。
莫玄羽(魏無羨)は腰の竹笛を抜いて甲高い旋律を吹く。道士の動きは止まらず、莫玄羽(魏無羨)が別の旋律を吹くと、外の紙人形たちが屋根の上に飛び上がり、穴から部屋の中に降りてきた。
道士は鮮やかな剣捌きで紙人形に対応するが、数の多さに劣勢となり、最後は四体の陰力士に押さえつけられて身動きができなくなった。莫玄羽(魏無羨)は彼の体を仰向けにさせていろいろ調べ、誰かに心臓を一突きにされて殺されたこと、舌を根こそぎ抜き取られて話せないことがわかった。
莫玄羽(魏無羨)は藍家の少年たちに声をかける。
「お前らの中で問霊を修行した奴はいるか?」
「はい。修行しました」と思追が手を上げて、乾坤袋から琴を取り出した。藍景儀はその腕前を「含光君が及第点をつけた」と言う。
「含光君は私に回数よりも精度を重視して修行するようにおっしゃいました。招いた霊は黙秘することもできますが、絶対に嘘はつけません。つまり霊が答えてくれるならば、その内容は確実に真実です」
仰向けになっている道士の側に古琴を置き、思追は床に座る。裾を綺麗に整え、試しに音を二回鳴らした。
最初の問いは、彼が誰なのか。思追は少し考えた後、呪文を口の中で唱えてから、指で琴の弦を弾いた。しばらくして、弦が勝手に震え、硬く力強い音が二回鳴る。思追は両目を大きく見開いた。
「宋嵐!」ーー暁星塵の友、宋嵐!?
その場にいた全員が同時に、意識を失い床に倒れている男に目を向けた。
「彼は、襲ってきたこの凶屍が宋嵐だと知っていたのでしょうか……」
思追が声を潜めて話すと、金凌も抑えた声で「多分知らないだろうな。彼は盲人だし……それに、宋嵐は口がきけない上に、自我をなくした凶屍になっただなんて……知らない方がましだ」と言う。
二つ目の問いは、誰に殺されたか。思追は真剣な目で一節を弾いた。長い静寂の後、琴の弦が震え、沈痛な音が三回響く。
思追は思わず「あり得ません!」と口走った。
「彼はなんて答えた?」
莫玄羽(魏無羨)が問い質すと、思追は信じられない様子で答える。
「暁星塵……だと」
「弾き間違ったんじゃないか?」と疑いの目を向ける金凌。
「でも、『あなたの名前は』と『誰に殺された』の二つは、『問霊』の中でも最も簡単で、一番よく使われる問いです。『問霊』を初めて修行する時、誰もが一番最初に習うのがこの二つなんです。練習は数えきれないほどやってきましたし、さっきも繰り返して何度も確認しましたから、絶対に弾き間違いではありません」
思追はきっぱりと言った。
「弾き間違いじゃないなら、琴語を解読し間違えたんだろう?」と金凌。思追はゆっくりと首を横に振る。
「解読を間違えるなんて、もっとあり得ません。『暁星塵』の三文字はそもそも名前に使われることの少ない文字ですし、今まで招いた霊たちの中でも際立って珍しい名前です。もし彼の回答が違う名前だったのだとしても、よりによってこの名前と取り違えるなんて絶対にあり得ません」
莫玄羽(魏無羨)は三つ目の問いを出す。「彼は誰に操られている?」。
思追は緊張した面持ちで、極めて慎重に三つ目の問いを弾いた。皆がじっと琴の弦を見つめ、宋嵐の答えを待つ。
そして思追は、響いたその音を一音ずつ解読した。
「う、し、ろ、に、い、る、ひ、と」
全員がとっさに後ろを振り向く。すると、床に倒れていたはずの暁星塵は片手で頬杖をついて座り、微かな笑みを浮かべていた。
そして彼は黒い手袋をはめた左手を上げると、パチンと指を鳴らした。
ここまで、「第八章 草木 <二>」。以下は2巻の<三>に移るが、引き続き書いていくことにする。
(◎脇役列伝その1:藍思追(4ー7)に続く)