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◎脇役列伝その1:藍思追(6ー5)

(◎脇役列伝その1:藍思追(6ー4)の続き)
 死力を尽くして凶屍の群れを倒し、ようやく安堵出来ると思うまもなく、新たな一波の凶屍の群れがやって来た。しかも、先ほどの一波よりもさらに膨大な数がいる。伏魔洞ふくまどう内にいる多くの人々は、もう立ち上がることさえ難しい。

 藍思追ランスージュイら少年たちの心の中も、身の毛がよだつような絶望感に徹底的に搦め捕られ、四肢を強張らせている。
 そんな中、魏無羨ウェイウーシェンがやってみたいことがあると言い出し、藍忘機ランワンジーが「つき合おう」と答えると、彼は黒い服を脱ぎ、中衣ちゅうい一枚になった。血のついた手のひらを持ち上げ、そこへ数本の模倣を描いていく。
 彼が手を止めた時、身に纏っていた白い服は、一本の旗と化していた。あらゆる凶屍、邪祟、妖獣、殺鬼さっきの類をすべて一人の者に引きつけるーー召陰旗しょういんきだ。

 藍忘機のそばに並んで立った魏無羨は、思追らを手招きし、集まってきた少年たちが二人を取り囲む。
「これから、第二波の屍の群れが突っ込んできたら、俺があいつらを血の池まで引きつけて、とどめは含光君に任せる」
「的があるから、あいつらはお前らには見向きもしない。無駄に戦おうとせず、ひたすら外に向かって突き進め」

 思追は珍しく声を荒げて必死に止める。
「こんなの駄目です! こんなの、絶対駄目です!」
 欧陽オウヤン子真ズージェンは「僕たちも戦いたいです!」と訴え、藍景儀ランジンイーは自分も体に旗を描こうと服を脱ぎ始める。
 「バカなことはやめろ。的は一つで十分だ。含光君と連携して彷屍を仕留めるから、他は邪魔するな」と言う魏無羨に、思追たちはさらに何か言おうとしたが、藍忘機が先に宥めた。
「彼の言うことを聞きなさい」
 そう言うとすぐに、彼は藍啓仁ランチーレンの方を向いて淡々と一礼した。

「藍先生! 含光君が……含光君が……」
 思追は必死に訴えようとしたが、藍啓仁は淡々と答えた。
「そうするべきだ」
「ですが……!」
 思追がまだ話そうとしていた時、魏無羨が大声で叫ぶ。
温寧ウェンニン! 道を開けろ!」
 温寧は屍の群れを止めることなく、幾重にも重なり合っていた屍の群れの中を力尽くで進み、それらを突き破って一本の道を開いた。
 思追の背中を魏無羨がぱっと押す。
「行け!」

 屍の群れは、魏無羨と藍忘機の二人の周りだけを取り囲み始める。四方の屍の山はどんどん高く積み上がり、屍たちの包囲網もますます狭くなっていく。少年たちは魏無羨たちが追い詰められていくさまを目の当たりにして、焦りで居ても立ってもいられず、続々と剣を抜いて引き返し始めた。
 誰かが剣を振って彷屍を殺しながら外へと突き進むのが見えた景儀は、「まだ剣を持てるなら、手伝ってください!」と必死に声をかけたが、返事は「失せろ!」。
「景儀、もういい。私たちだけでいい!」
 思追が声を上げ、それが聞こえた魏無羨は、温寧に「そいつらを外へ放り投げろ!」と叫ぶが、捕まえようとする温寧に、思追は頼んだ。
「鬼将軍! 私は外に出られません。ここに残らせてください! でなければ、私は一生後悔します!」
 面と向かい合った瞬間、何故か温寧の体が固まる。思追は彼が自分を捕まえないと見るや、すぐさま剣を持って屍を斬り殺しながら中へと引き返した。

 伏魔洞内の魏無羨と藍忘機をぐるりと囲む包囲網は、既に一丈平方足らずまで縮んでいた。
 避塵ビチェン(藍忘機の仙剣)の剣芒は透き通ったままだったが、燃え上がる呪符で戦っていた魏無羨は、その呪符を使い切ってしまう。
 襲いかかる凶屍。藍忘機もその危機に気づき、剣で刺そうとしたが、その凶屍は唐突に叫び声を上げ、空中で二つに裂けてしまった。

 凶屍が二つに裂けた原因、血をたらたらと垂らす一体の凶屍が、高く積み上がった屍の山、血の海に立ち尽くしていた。
 この唐突にどこからともなく現れた謎の凶屍は、全身が緋色で、頭のてっぺんから足のつま先まで血を垂らし続けている。陰虎符いんこふに操られている屍の群れも、この奇妙な同類に注意を引きつけられ、魏無羨への攻撃の手を止めた。
 凄まじく凶悪で残虐な邪気と怨念がその血屍けっしの体から溢れ出て、それが徐々に近づくと、その他の凶屍たちは逆にのろのろと後ずさり始めた。

 藍忘機は魏無羨の前に立ち庇おうとしたが、魏無羨は避塵を持った彼の手を押さえつけ、小さな声で言う。
「……待て」
 血屍は彼らの目の前で足を止めると、急に顔を上げて二回高い声で吠えた。
 すると、血の池の表面にさざ波が立ち始め、波紋が広がると、次の瞬間、一本の手が血を突き破って出てきた。二体目の血屍が血の池から這い出、すぐに三体目、四体目、五体目……と多くの頭が水面から浮き出てくる。
 そして、すぐさま他の凶屍と殺し合いを始めた。

(◎脇役列伝その1:藍思追(6ー6)へ続く)


 長くなってきたので、一旦ここで切ることにする。

 この連載の初めから、藍思追はずっと「その他大勢」の立場だった。少年たちの間では、しっかり者で利発に見えるが、いつも大した活躍は見せていない。
 だが次回は、思追のためにだけ用意された特別な場面だ。今回、温寧が彼を初めてまともに見て、固まってしまったこともそれと深い関係がある。
 次回「藍思追・伏魔洞編6」を、どうぞお楽しみに。

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かんちゃ
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