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◎脇役列伝その1:藍思追(6ー7)
(◎脇役列伝その1:藍思追(6ー6)の続き)
乱葬崗・伏魔洞。その中にある血の池から現れた血屍たちは、襲い来る凶屍の群れを全滅させ、魏無羨と礼を交わすと、その場に崩れ落ちた。
血屍たちの血の色をした体は、細かく割れ、小さくなっていく。温寧は地面に飛びつき、その真っ赤な骨の欠片を手で必死に寄せ集め、一掴みずつ自分の服の中に押し込んで、満杯になるまで詰め込む。それを見て、藍景儀を始めとする少年たちは、香り袋や布袋を温寧に差し出した。
「鬼将軍、手伝いましょうか?」
藍思追はそう申し出たが、魏無羨によると、手袋無しでは屍毒にあたるらしい。少年たちはそれを聞いて、無理に手伝うことを諦めた。
「魏先輩、含光君、そして鬼将軍、ありがとうございます。今回は皆さんの……」
思追が礼を言っていると、それを遮るように群衆の中から冷ややかな声が響いてきた。
「何がありがとうだ?」
思追たちが振り向くと、いちゃもんをつけてきたのは、過去、魏無羨に両親を殺された方夢辰だった。彼は立ち上がり、顔中に憤怒の表情を浮かべて続けた。
「これは、なんなんだ?」
思追は困惑して聞き返した。
「なんなんだとは、なんのことですか?」
方夢辰は納得がいかなかった。今のこの状況は、魏無羨に助けられたような形だ。とは言え、恨みは未だ消えておらず、そんなことで過去の罪を消せるはずがない。感謝など絶対にしたくない。
そう訴えるも賛同の声は上がらず、彼は大きく一声叫ぶと、身を翻して伏魔洞を走り去った。
「私たちもそろそろ……失礼していいですか?」
聶懐柔の言葉に、皆も今すぐ家に帰りたい気分になったが、霊力の回復が十分ではなく、数十名の宗主たちが集まって討議した結果、ひとまず安全な場所で休養して、霊力を八割程度まで回復させてから各自家に戻ることになった。
乱葬崗のある夷陵から最も近い「安全な場所」は、雲夢江氏の拠点・蓮花塢だ。
霊力の回復が遅れているため、御剣(剣に乗って飛行すること)ができず、宗主たちは夷陵の波止場で漁船も含めた大小すべてのありとあらゆる舟や船舶を借り上げて、そこに各世家の門弟たち千人あまりをぎゅうぎゅうに詰め込み、流れに沿って川を下り始めた。
漁船に乗った十数名の少年たちは、ほとんどが高貴な家に生まれ育ち、裕福に暮らしてきたので、薄暗く古びていて、生臭い魚の臭いがし、木の板もギシギシと軋むボロボロの漁船に詰め込まれて乗ることなど当然初めての経験だ。
夜になって風も強くなり、船体は上下に揺れる。水路が少ない北生まれの少年たちは、ひどく船酔いしてえずき、眩暈を感じて甲板にへたり込んだ。
以下、また少し小説の文章を引用しよう。
「あれ、思追殿、お前も吐くのか? お前は姑蘇人だろう? 別に北生まれでもないのに、なんで船酔いして俺よりひどく吐いてるんだ?」
一人の少年が不思議そうに言うと、思追は手を振り、青白い顔で答えた。
「私……私にも、なぜかわかりません。まだ四、五歳の頃、船に乗った時もこんな感じでした……生まれつきかもしれません」
そう言うと、再び吐き気が込み上げてきて、舷側に手をついて立ち上がり、また嘔吐しようとした。だがその時、突然真っ黒な人影が船体の舷側の下部に張りついて……いや、体の半分を川の水に浸しながら、真っすぐに彼を見つめているのに気づいた。
一瞬、藍思追は驚きのあまり、吐き出したかったものをすべて飲み込んでしまった。彼は手で剣の柄を押さえながら、じっとそれを凝視すると、声を潜めて「鬼……」と呟いた。
船室の中にいた金凌は、それを聞くなり剣を持って飛び出してきた。
「鬼だって? どこだ、俺が殺してやる!」
「いえ、鬼ではなくて、鬼将軍です!」
少年たちは急いで甲板の端へどっと押し寄せると、藍思追が指さした方向に目を向ける。やはり、舷側の下の方にへばりつき、そこから上を見上げている黒い人影は、まさしくあの鬼将軍温寧だった。
彼らが乱葬崗から下りたあと、温寧はすぐに姿を消した。その彼が、今また物音一つ立てずにこの漁船にへばりついていたなんて誰も予想できず、いったいいつからそうしていたかもわからなかった。
このあと、温寧は水の中から出てきて、下ろしてある麻縄を掴んで上り、甲板へと上がってくる。先ほど助けてもらったこともあり、少年たちはさすがに剣を抜いて彼に向けるのは気が引けたが、皆とても緊張し、甲板の反対側まで逃げ出したくてたまらなかった。
そんな中、温寧は藍思追の顔を見据え、彼に近づいてきた。
(◎脇役列伝その1:藍思追(6ー8)へ続く)
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