◎脇役列伝その1:藍思追(2−2)
(画像はアニメ『魔道祖師』前塵編二話より 動き出す天女像)
(◎脇役列伝その1:藍思追(2−1)の続き)
「これはまるで……」
藍思追が言いかけた時、石窟全体が赤く光りだし、供物台と石窟の隅にある線香と蝋燭に勝手に火がついて燃え始めた。皆が警戒する中、そこへ莫玄羽(魏無羨)が駆け込んできて、薬酒入りのひょうたんを天女像に向かってぶちまけ、呪符を石像に投げつけると、石像からは烈火が燃え上がった。
「全員外に逃げるんだ! これは食魂天女[しょっこんてんにょ]だ、気をつけろ!」と莫玄羽(魏無羨)が一喝する。
食魂天女は動き出し、修士たちはこれを捕らえようとするが、歯がたたないばかりか魂魄を吸い取られる者まで出てしまう。彼らは一斉に外に出て、命からがら四方に散った。
竹林の中に入った藍家の少年たちは、そこでロバに乗った莫玄羽(魏無羨)に出会う。信号弾を上げて藍忘機を呼べ、と言われるが、思追は言いにくそうに答える。
「信号弾は……莫家荘のあの夜に全部使い切りました」
補充しなかったのかと聞き返す莫玄羽(魏無羨)。思追は恥ずかしそうに、「忘れました」と。
「莫公子、莫公子! どうして魂魄を吸って食べていたのが食魂殺でも食魂獣でもなく、あの天女像だとわかったんですか?」
莫玄羽(魏無羨)は走るロバの上から説明する。事件を起こしたモノは、墓地の辺りにいた大量の死霊を食べずにわざわざ生霊の魂だけを食べている。だから食魂殺や食魂獣ではなく、それらよりも非常に手強い相手だ、と。(天女像は神といて祀られていた存在なので、食魂殺や食魂獣よりも格が上である。)
思追も走りながら説明した。
「私たちは皆、山崩れと落雷が棺を壊したことが原因で食魂事件が起こったと考えていたので、自然と食魂殺だと思い込んでしまいました」
莫玄羽(魏無羨)はこれを否定し、山崩れと食魂事件はどちらが先に起きたかを訊く。思追は即答した。
「山崩れが先で、食魂事件があとです。前者が原因で、後者が結果です」
莫玄羽(魏無羨)はまたも否定し、彼の推論を展開する。
ここで、佛脚鎮で起きた食魂事件の内、最初の三件の事件の流れを見てみよう。
数ヶ月前、大梵山で雷鳴が響く激しい嵐が起こり、山にあった墓地の一角に山崩れが起こって、多くの墓が巻き込まれて壊れた。佛脚鎮の町人たちはこれを改修したが、その夜以来、町では魂を失い「失魂症」になる者が出始めた。
一人目はある怠け者の男で、大梵山で山崩れが起きた夜、ちょうどその山中にいた。嵐のせいで足止めをくったものの無事生還。その数日後、急に嫁を娶って盛大な婚礼をあげたが、婚礼の夜に酔って寝た後、彼はそのまま起きてこなかった。両目を見開いて呼吸をしてはいたが、体は冷たく、数日後静かに息を引き取った。
二人目は阿胭で、ある男と婚約した翌日、その男が山で豺狼[さいろう]に噛み殺され、彼女は一人目の男と同じ状態になった。しばらくすると失魂症は自然に治ったが、次第におかしくなっていき、笑みを浮かべて人々に奇妙な踊りを見せるようになった。
そして三人目は阿胭の父親、鍛冶屋の鄭[ジョン]旦那だ。
一人目の怠け者の男は暴風雨の夜、どこかで雨をしのごうと考え、天女の祠へ行った。「人は祠に行ったら、絶対あることをする」。
「願い事ですか?」と思追。
おそらく男は、嫁を娶るためのお金が欲しいというような願い事をした。それを叶えてやるために、天女は雷を落としてある金持ちの老人の墓を壊し、棺の蓋を吹き飛ばした。怠け者の男はその棺に収められていた副葬品を持ち帰り、得た金で嫁をもらったが、その対価として天女は婚礼の夜に彼の魂を吸い取った、と。
「阿胭という少女はどう説明できますか?」
思追は真剣な目をして聞いた。
阿胭は婚約した日、やはり祠へ行って願い事をした。たとえば「夫が一生私だけを愛してくれますように」。そのため彼女の夫は命を落とすことになった。一生をすぐに終わらせれば、「一生妻だけを愛した」ということになるからだ。
だがその願いの対価として失われたはずの魂魄は、また戻ってきた。それは何故か。「彼女の父親は娘をとても可愛がっていた。娘が魂魄をなくしたのを見て、医者も薬も役に立たずにお手上げ状態だったら、最後はどうすると思う?」
思追はすぐに答えた。
「最後の希望を天に委ねるしかなかった。つまり、彼も天女の祠に行って願い事をしたはずです。『彼女の魂魄が戻ってきますように』って!」
そして阿胭の魂魄は戻り、鍛冶屋の鄭旦那が失魂症になった。だが、吐き出された阿胭の魂魄は既に傷ついており、彼女は無意識に天女の舞う姿とその笑みまで真似するようになった。
失魂者たちの共通点は、天女像に願い事をしたことだと考えられた。
すると藍景儀は、先程石窟の中で魂魄を吸い取られた修士がいたことを思い出し、彼らは願い事をしていなかったと言い出す。思追は莫玄羽(魏無羨)に、その時の様子を素早く明確に伝えた。
あの時金凌が言った、「もし本当にご利益があるっていうなら、今俺が『この大梵山で人の魂魄を食べていたモノを、今すぐ俺の目の前に出せ』と願ったら、叶えてくれるんだろうな?」という言葉が願い事にあたると考えた莫玄羽(魏無羨)は、その言葉に賛同した者たちも同じ願い事をしたと食魂天女がみなしたのだと悟る。
(◎脇役列伝その1:藍思追(2−3)に続く。)