◎脇役列伝その1:藍思追(5ー4)
(◎脇役列伝その1:藍思追(5ー3)の続き)
一行はこの蒔花園で野宿をすることに決める。
少年たちが枯れ葉と木の枝を拾ってきて火を起こし、藍忘機は近辺を見回って結界を張りに出かけた。
莫玄羽(魏無羨)は焚き火のそばに座り、長年の疑問を解消すべく、少年たちに話を切り出した。
この部分を抜き出してみよう。
魏無羨はいきなり立ち上がって走り出し、枯れた花々の周りをぐるぐると歩き回る。少年たちはその様子を不思議がった。
「……まさか抹額の意味を知ったからかな? 感極まりすぎだろう。しかし、あいつは本当に含光君に夢中なんだな。あんなに嬉しそうにして……」
その時、枯れ葉を踏み潰す音が聞こえてきて、枯れ木の陰に、背が高く体格の逞しい黒い人影が立っていた。
ただ、首がない。
少年たちは、全員がぞっとして目を見開き、剣を抜こうとしたが、莫玄羽(魏無羨)は人差し指を唇に当てて、「しーっ」と囁いた。
バラバラになって封悪乾坤袋に入っていた死体が、自分自身で自らの四肢を胴体にくっつけてしまったのだ。
首がないから何も見えないし聞こえないと言う莫玄羽(魏無羨)だったが、首なしの死体は、火の明かりや熱、陽の気が強い方に向かって歩いてくる。
思追がさっと手を振ると、一陣の風が焚き火を吹き消す。そして少年たちは走り出し、四方に散らばった。
「彼は何かを探しているようですね……もしかして……首でしょうか?」
思追が恐る恐る尋ねると、莫玄羽(魏無羨)は「そうだ」と答えた。どれが自分の首かわからないので、捕まえた相手の首を引きちぎって自分の首に置いてみて、合うかどうか確かめるつもりだと言う。
少年たちは皆悪寒がして、一斉に手を上げて首と頭を庇いながら、花園の四方八方をのろのろと「逃げ回り」始めた。
「含光君! 含光君ってば! 含光君、早く戻ってこいよ! 助けてくれ!」
莫玄羽(魏無羨)が叫ぶと、少年たちも一緒になって叫びだした。どんどん大きく高らかに、どんどん悲痛に叫び続けた。しばらくすると、突然蕭の幽咽が響き、それに続いて弦の透き通るような音色が重なった。
その蕭と琴の音に、少年たちは皆歓喜のあまり泣き出しそうになる。
「わああっ、含光君! 沢蕪君!」
藍忘機が兄・藍曦臣と合流し、やってきたのだ。藍忘機の琴、莫玄羽(魏無羨)の竹笛、藍曦臣の蕭・裂氷の三つの音が一斉に襲いかかると、死体は倒れ、バラバラになって地面に崩れ落ちた。
まだ混乱の最中にいる少年たちは、それでも皆慌てて駆け寄ってきて、まず沢蕪君に一礼した。だが、彼らが話し出す前に、藍忘機が「休みなさい」と指示をする。
まだ亥の刻(藍家の就寝時刻)にはなっていなかったが、思追は「はい」と礼儀正しく答え、それ以上は何も聞かずに他の少年たちを引率して、花園の中の別の場所に新しく火を起こし、大人しく休んだ。
この後、藍家の兄弟と魏無羨のやりとりがあり、死体の正体についての言及がなされるが、思追たちはその話を聞くことはなく、このままこの章での出番は終わる。
次に思追が登場するのは、3巻「第十四章 優柔<二>」。
乱葬崗・伏魔洞で、他の世家の少年たちと共に捕らえられ、縛られている状況になってからである。