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◎脇役列伝その1:藍思追(5ー4)

(◎脇役列伝その1:藍思追(5ー3)の続き)
 一行はこの蒔花園しかえんで野宿をすることに決める。
 少年たちが枯れ葉と木の枝を拾ってきて火を起こし、藍忘機ランワンジーは近辺を見回って結界を張りに出かけた。
 莫玄羽モーシュエンユー魏無羨ウェイウーシェン)は焚き火のそばに座り、長年の疑問を解消すべく、少年たちに話を切り出した。
 この部分を抜き出してみよう。

「聞きたいことがあるんだけど、藍家の抹額まっこうには、いったいどういう意味があるんだ?」
 その話を持ち出すと、少年たちはいきなり顔色を変え、全員が口ごもった。その様子に魏無羨の心臓もどきりとして、たちまち鼓動が速くなる。
 藍思追ランスージュイはためらいながら尋ねた。
「先輩、ご存知なかったんですか?」
(中略)
 藍思追はどうやら言葉を選んでいるようで、少しの間考え込んでから、やっと口を開いた。
「ご説明します。姑蘇藍氏の抹額は、『自らを律する』という意味を持っていますが、これは先輩もご存知ですよね?」
「知ってるよ。それで?」
「姑蘇藍氏の開祖である藍安ランアンの言葉ですが、天が定めし者、つまり心から愛する人の前でだけは、何も律する必要はありません。それゆえに、その後代々伝わってきた教訓は、その、藍家の抹額は、とてもとても私的で、取り扱いに慎重を期すべき大切なもので、自分以外、誰も勝手に触れたり外したりすることはできませんし、誰かの体に縛りつけるなどもってのほか、禁忌です。でも、唯一、唯一……」
 思追が言葉を濁す。
 その続きがなんであるかは、言うまでもない。

『魔道祖師』2巻「第九章 佼僚」 

 魏無羨はいきなり立ち上がって走り出し、枯れた花々の周りをぐるぐると歩き回る。少年たちはその様子を不思議がった。
「……まさか抹額の意味を知ったからかな? 感極まりすぎだろう。しかし、あいつは本当に含光君に夢中なんだな。あんなに嬉しそうにして……」

 その時、枯れ葉を踏み潰す音が聞こえてきて、枯れ木の陰に、背が高く体格の逞しい黒い人影が立っていた。
 ただ、首がない。
 少年たちは、全員がぞっとして目を見開き、剣を抜こうとしたが、莫玄羽(魏無羨)は人差し指を唇に当てて、「しーっ」と囁いた。
 バラバラになって封悪乾坤袋に入っていた死体が、自分自身で自らの四肢を胴体にくっつけてしまったのだ。

 首がないから何も見えないし聞こえないと言う莫玄羽(魏無羨)だったが、首なしの死体は、火の明かりや熱、陽の気が強い方に向かって歩いてくる。
 思追がさっと手を振ると、一陣の風が焚き火を吹き消す。そして少年たちは走り出し、四方に散らばった。
「彼は何かを探しているようですね……もしかして……首でしょうか?」
 思追が恐る恐る尋ねると、莫玄羽(魏無羨)は「そうだ」と答えた。どれが自分の首かわからないので、捕まえた相手の首を引きちぎって自分の首に置いてみて、合うかどうか確かめるつもりだと言う。
 少年たちは皆悪寒がして、一斉に手を上げて首と頭を庇いながら、花園の四方八方をのろのろと「逃げ回り」始めた。

「含光君! 含光君ってば! 含光君、早く戻ってこいよ! 助けてくれ!」
 莫玄羽(魏無羨)が叫ぶと、少年たちも一緒になって叫びだした。どんどん大きく高らかに、どんどん悲痛に叫び続けた。しばらくすると、突然しょう幽咽ゆうえつが響き、それに続いて弦の透き通るような音色が重なった。
 その蕭と琴の音に、少年たちは皆歓喜のあまり泣き出しそうになる。
「わああっ、含光君! 沢蕪君たくぶくん!」

 藍忘機が兄・藍曦臣ランシーチェンと合流し、やってきたのだ。藍忘機の琴、莫玄羽(魏無羨)の竹笛、藍曦臣の蕭・裂氷リエビンの三つの音が一斉に襲いかかると、死体は倒れ、バラバラになって地面に崩れ落ちた。
 まだ混乱の最中にいる少年たちは、それでも皆慌てて駆け寄ってきて、まず沢蕪君に一礼した。だが、彼らが話し出す前に、藍忘機が「休みなさい」と指示をする。
 まだ亥の刻(藍家の就寝時刻)にはなっていなかったが、思追は「はい」と礼儀正しく答え、それ以上は何も聞かずに他の少年たちを引率して、花園の中の別の場所に新しく火を起こし、大人しく休んだ。


 この後、藍家の兄弟と魏無羨のやりとりがあり、死体の正体についての言及がなされるが、思追たちはその話を聞くことはなく、このままこの章での出番は終わる。
 次に思追が登場するのは、3巻「第十四章 優柔<二>」。
 乱葬崗・伏魔洞で、他の世家の少年たちと共に捕らえられ、縛られている状況になってからである。

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かんちゃ
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