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◎脇役列伝その1:藍思追(4ー2)

(◎脇役列伝その1:藍思追(4ー2)の続き)
 ちょうどその時、左前方の迷霧の中から、新たな足跡が聞こえてきた。

 さらに真正面、右前方、後ろからも同様の足音が聞こえてきた。生臭い腐敗臭が漂う。彷屍だ。莫玄羽(魏無羨)が口笛を吹くと、それに向かって襲ってきた。
 避塵の凍てついた青い剣芒が白い霧を切り裂き、彼らの周りを一周すると、宙に一瞬だけ、ふわりと鋭利な光の輪が現れ、彷屍たちの腰辺りを真っ二つに斬って、再び鞘に戻った。

 藍忘機が禁言を解いてくれて話せるようになると、藍思追は急いで尋ねた。
「含光君、危険な状況ですか? 今すぐ町から出るべきでしょうか?」
 だが濃霧と迷陣、更には飛んでも出られない以上、そう簡単なことではない。すると、別の世家公子が声を上げた。
「また彷屍が来たようです!」
 足音はしないが妙な息遣いが聞こえたと言う。死人である彷屍が息をするはずはないが、怪しい人影は確かに近づいてきた。避塵が再び鞘から飛び出て、その人影の頭と体を斬り離す。と、「プシュプシュ」と奇妙な音が聞こえ、近くにいた世家公子たちが悲鳴を上げた。

「今の彷屍の体から何かが噴き出して……なんか粉みたいなもので、苦くて甘くて、しかも生臭いです!」
 そう答えた藍景儀は、運悪く口を開いて話そうとしたところに、かなりの量の粉を吸い込んでしまったようだ。礼儀など気にする余裕もなく、彼は何度も「ぺっ」と必死で吐き出している。
 莫玄羽(魏無羨)はすぐさま声を上げた。
「お前らそこから離れるんだ! 景儀、お前はこっちにきてちょっと見せてみろ」
「はい。でも何も見えなくて……どこにいるんですか?」

 場所を知らせようとした莫玄羽(魏無羨)は、だが誰かに襲われたようだ。「含光君、墓荒らしが来たぞ!」と彼の声がする。
 藍忘機は皆を守るために、一人で相手をしながら少しずつ離れ、戦いの場を遠くへ移していった。
 「粉を吸い込んだ奴は大丈夫か?」と莫玄羽(魏無羨)。思追が「ふらつき始めています!」と答えると、「全員こっちへ集まれ! 人数を確認しよう」と指示を出し、皆は素直に従った。
 全員いることを確認すると、莫玄羽(魏無羨)は景儀の様子をみる。
「うん、おめでとう。屍毒にあたったな」

「莫公子、彼らは大丈夫ですよね?」
 藍思追は心配でたまらず聞いた。
「今はまだ大丈夫だけど、屍毒が血液中に染み渡って、それが全身を巡って心臓にまで流れたらもう手遅れだな」
「手遅れって……どうなるんですが?」
 莫玄羽(魏無羨)は、死体になって、場合によっては殭屍[キョンシー]になり跳びながら進むことしかできなくなる、と言う。
 屍毒にあたった世家公子たちは一斉に息を呑んだ。

 この場面を小説から引いてみよう。少年たちがなぜ魏無羨に従うことにしたのかがわかる場面だ。
「治したいか?」
 彼らは揃ってこくこくと必死な顔で頷く。
「治したいならよーく聞けよ。いいか、今から俺の言うことに大人しく従うんだ。もちろん全員だぞ?」
 少年たちの中にはまだ彼が誰なのかを知らない者も多いが、含光君とやたら親しく、敬語を使わずに「藍湛」と名で読んでいたことは知っている。何より今は、この迷霧が立ちこめて妖気に満ちた義城で、毒にあたって熱を出している。皆が恐怖と不安に包まれ、本能的に誰かを頼りたい気持ちでいっぱいだった。その上、魏無羨の言動からは、その不安を消し去るほどの妙な自信が感じられる。だからか、つい全員が彼の言うがままに「はい!」と揃って答えた。
 その返事に、魏無羨は調子に乗ってさらに言い放った。
「俺の指示は絶対だからな。口答えは禁止。わかったか?」
「わかりました!」

 莫玄羽(魏無羨)の指示で、毒にあたった者はそうでない者に担がれることになった。
「莫公子、全員担ぎました。どこに向かいますか?」と思追。
 少年たちは、迷霧の中ではぐれないように、全員が自分の前を歩いている者の剣の鞘を掴み、莫玄羽(魏無羨)の指示に従って、一軒一軒の扉を叩いていった。文句を言い苛立つ者もいたが、思追は終始冷静で、十三軒目になる店の扉を叩くと、先ほどから何度も口にしている言葉をまた繰り返した。
「どなたかいらっしゃいますか?」
 扉が少しだけ開いて、真っ暗な中から誰かが現れる。思追は気持ちを落ち着かせてから聞いた。
「あなたはこの店の店主ですか?」
 年寄りらしきしわがれた声が「ええ」と答えた。

 思追に代わって前に出た莫玄羽(魏無羨)が交渉をまとめ、彼らは気が進まないまま中に入った。
 老婆が扉を閉めると、辺りは暗闇に覆い隠されてしまった。明かりは卓の上にあるから勝手につけろと言う。
 思追はちょうど卓のそばにいたため、ゆっくりと手でその上を探り紙燭[しそく:紙や布で作ったこよりに油を染み込ませた照明具]を見つけたが、手は埃まみれになってしまった。
 明火符を取り出して燃やし、それを紙燭に近づけながら無意識に周囲に目を向けて……大勢の人が彼らを取り囲んで睨んでいると思い、あまりの驚きに、紙燭を手から落としてしまう。

 莫玄羽(魏無羨)が床に落ちる前に素早く紙燭を掴み、思追が持ったままの明火符から火をつけて卓に戻した。照らし出された店内にあったのは、部屋を埋め尽くすように立っている大量の紙人形だった。莫玄羽(魏無羨)がもう一つの卓の上にあった長短まちまちの蝋燭に火をつけると、周囲の様子がしっかり見えるようになった。
 そこは葬儀用品の店で、葬儀用の花輪や副葬品などもあり、仙門世家の葬儀では見られない品々に、少年たちはしげしげとそれを眺める。

 外の霧は店の中までは入ってこない。少年たちがお互いをはっきり確認できたのは、義城に足を踏み入れてからこれが初めてのことで、顔を見合わせているうちに安堵で緊張も解けてきた。
 莫玄羽(魏無羨)はまた老婆に尋ねる。
「すみません。少し台所をお借りしてもいいですか?」

(◎脇役列伝その1:藍思追(4ー3)へ続く)

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