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☆21 紅鏡からわかる風信の心

 話を少し戻す。砂嵐に遭う前、砂漠に残る朽ちた一軒家で三人が休憩する場面。
 まずはここで出てくる用語の解説から。耳で聞いただけでは分かりにくい言葉を、日本語版原作小説(以下、原作と略す)を元に説明する。

「原形水(げんけいすい)」
 扶搖が三郎に差し出した水。人間が飲むには何の問題もないが、人ならざるモノが飲めばその作用によって本来の姿が現れるという秘薬の水だが、三郎には効かなかったようだ。
 入っていた瓶を後ろに放り投げて割ったのは、試されたことに対する不快感を表明したかったのだろう。

「紅鏡(こうきょう)」
 「道中は危険だ。護身用の剣をやろう」と言って、南風が三郎に渡そうとした剣。原作では「紅鏡」に「ホンジン」とルビが振られている。
 元々この剣は君吾ジュンウー(帝君)の収蔵品の一つで、謝憐が最初に飛翔した頃、神武殿シェンウーでん(君吾の居城)へ遊びに行き、面白い剣だなと思って見ていたら君吾がこれを贈ってくれた、とのこと。
 「紅鏡」は正体を映す宝剣で、人ならざるモノがこれを抜くと刃がゆっくりと赤くなり、まるで血の気に満たされたようになるという。しかもその血のように赤い刃には、剣を抜いた者の真の姿が映し出され、相手が「絶」でも例外はない、と。
 三郎は瞬時にこれを見破り、剣の刃を折ることでこれを回避した。しかも鞘越しに中の刃だけを折るという離れ技であり、彼の力の強さが窺える。

「質に入れたはずだが」
 紅鏡を南風が差し出した場面で、その剣を見た謝憐が思った言葉。
 最初に貶謫へんたくされた時、生活に困った謝憐は風信に命じて、様々な物を質入させた。「紅鏡」もこの一つだったが、主従二人(慕情はこの頃既に二人とは袂を別っている)が何度かまともな食事にありつくだけの額にしかならなかったという。
 世間知らずの「太子殿下」でしかなかった謝憐は、他に金銭を得る手段を思いつかなかったのだろう。

 さて。此処からが本題。
 「この剣はどうやって手に入れた?」と謝憐が訊き、南風はこう答える。「風信将軍が飛翔後に下界から探し出し、今回この私に」。何かに化けた花城が再び謝憐に接触する可能性を考え、風信が南風にこれを託したのだろう。
 この時、謝憐は何も言わないが、表情から何か思うことがあるのが見て取れる。原作ではこの場面、謝憐は「おそらくその後飛翔した風信がそれを思い出し、どうしても一代の奇剣である紅鏡が人界に流れることが我慢できずに下界に降りて剣を探し出したのだろう」と考えるのだが…。

 ここで1話を思い出して欲しい。三度目の飛翔を果たした謝憐が、霊文と共に通霊陣で話をする場面だ。この中で霊文は現れた風信が謝憐を見て固まっている様子に、「彼は普段下界にいるので、あなたの飛翔のことは知りません」と答えている。
 何故、風信は普段下界にいたのか。無論公務もあったろうが、空いている時間のほとんどを使って謝憐を探していた、とは考えられないだろうか。世の中のことを何も知らない太子殿下だったんだ、きっと困っているだろう、誰かの助けを必要としているなら、俺が行かなければ、と思っていたかもしれない。
 おそらく彼には、謝憐と最終的に別れてしまったことへの後悔があったのだろう。アニメ2期、芳心国師だったことが明らかとなり閉観を言い渡されて、仙楽宮に閉じ込められた謝憐の元へやって来た慕情と風信の会話の中にも、そのことは見て取れる。
 そうして謝憐を探している時に、たまたま紅鏡を見かけ、これを買い取っていつかまた謝憐の元へ返そうとしていたのではないか。再会後、少々気まずい雰囲気の中で言い出せずにいたところ、今回このようなことになり、これを持ち出して謝憐の役に立てようと思いついたのだろう。

 ちなみに、慕情は謝憐を探そうとはしていない。これは彼が冷淡であるというよりも、現実主義者であるからだろう。数え切れないほどの人間の中から一箇所に留まっているわけでもない謝憐を探すなんて不可能だ、と早々に諦めてしまったものと思われる。
 おそらく彼はとても頭が良い。頭の良い人は往々にして、不可能なことを早々に排除する。その結果多くの場合、物事を効率的かつ効果的に進めることが出来る。しかし、世の中では極々稀に「万に一つ」が起こる。頭の中の可能性を無視し諦め悪く足掻く者の中のさらに一握りの者だけが、「万に一つ」の可能性を掴むことが出来る。(だから慕情に「万に一つ」は起こらない。そして起こらなくても、ある程度の成功を収めることが出来る。)

 対して、風信はとても情が深い。謝憐を思い切れず、別れた後も再会後も、謝憐の役に立ちたいと願い続けている。たとえその気持ちに(慕情の言うように)罪滅ぼしの意味があったとしても。
 情の深い人は往々にして、情に目を曇らせて判断が遅れる。「情に棹させば流される」と言うように、流された結果冷静な判断を下すことが出来なくなる。『天官賜福』の登場人物の中で、一番決断力に欠けるのは風信かもしれない。
 でも、分かる。彼はとても良い人だ。そして今でも謝憐を大切に思っている、とても優しい人なのだ。

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かんちゃ
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