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◎脇役列伝その1:藍思追(6ー1)

 前回の話は2巻「第九章 佼僚」の場面だった。今回は3巻「第十四章 優柔」から。

 話はずいぶんと進んで、今回紹介するのは金鱗台きんりんだいでの清談会の後の事になる。
 金鱗台での清談会とは、魏無羨ウェイウーシェンが紙人形に乗り移って金光瑶ジングアンヤオの私室に忍び込み、バラバラ死体だった赤鋒尊せきほうそん聶明玦ニエミンジュエ聶懐柔ニエホワイサンの兄)の首を発見、事を暴くはずが、集まった人々の前でうっかり飾ってあった随便スイビェン(魏無羨の仙剣)を抜いてしまったことで、莫玄羽モーシュエンユーの正体が実は魏無羨だと公になった時のことだ。
 この時、逃げ出す魏無羨の前に立ちはだかり、その腹を金凌ジンリンが剣で刺す。彼にとって魏無羨は、親の仇も同然だからだ。
 また、皆が敵と狙う魏無羨を庇い、行動を共にしたことで、藍忘機ランワンジーは裏切り者と思われてしまう。

 深傷を負った魏無羨を、雲深不知処うんしんふちしょに連れ帰った藍忘機。そこで調べ物をし、赤鋒尊の死が仕組まれたものではないかとの疑いを強める魏無羨と藍忘機の元に、大量に発生した彷屍が夷陵いりょうに向かっているという知らせが入り、二人でこれを調べることになる。
 大量の彷屍が発生したと聞けば、誰しもそれが夷陵老祖いりょうろうそこと魏無羨の仕業だと思い込むからだ。

 途中、温寧ウェンニンも合流し、魏無羨は乱葬崗らんそうこうの死者から「この数日で百人余りが乱葬崗へ連れてこられた。彼らは山頂でまだ生きているが、拉致した者たちは既に下山した」との情報を得る。

 乱葬崗山頂の洞窟、さらにその最奥部の千人が入れそうなほど広くなった場所、それが伏魔洞ふくまどうだ。
 手前の石壁の陰で様子を窺う魏無羨一行。
 そこには百人あまりの者が座っていて、彼らの手足は皆梱仙索こんせんさくできつく縛られていた。魏無羨の見るところ、そこにいるのは皆若く、階級の高い弟子か直系の世家公子ばかりだった。
 そこへ、聞き覚えのある声がいくつも聞こえてくる。その中には藍思追ランスージュイのものもあった。

藍思追

 捕えられた者たちは、目的もわからず連れてこられて拘束され、しかも何日も過ぎているので空腹でもあり、皆苛立っていた。
 以前から何かとぶつかってばかりだった金闡ジンチャンと金凌が言い争いを始めたところへ、冷静な声で藍思追が言う。
「私たちは今ここに閉じ込められている上に、山にはあんなに大量の彷屍がいて、いつ中にまで押し寄せてくるかもわからないんですよ。こんな時まで、あなたたちは喧嘩をしないと気が済まないんですか?」
 だが、金闡は黙らない。「こいつが先に煽ってきたんだ!」と尚も喚くところへ、金凌はいきなり頭突きをする。さらに縛られていて手を出せないため、肘と膝の両方で続けざまに打ち込んで叩き潰しにかかる。
 しかし、金闡には普段から多くの取り巻きがいて、金凌はすぐに劣勢になってしまう。それを見た数人の少年たちが「手を貸すぞ!」と大声を上げ、一斉に飛びかかった。

 近くに座っていた思追は、運悪く彼らの殴り合いに巻き込まれてしまう。
「皆さん落ち着いて、落ち着いてください」
 最初は辛うじて皆を宥めようとしていたが、誰かの肘を数回食らって痛みで眉間にしわを寄せ、顔色もだんだん悪くなり、しまいには大きく一声叫ぶと、思い切って乱闘に加わった。

「おーい! 皆、こっち見ろ!」
 伏魔洞の中にガンガンこだまし、ほとんど鼓膜が破れそうなくらいに大きく響き渡る声がして、一塊になって取っ組み合いをしていた少年たちもはっとして顔を上げる。その中に混ざっていた思追は、声を上げた魏無羨のそばにいる見慣れた人影に気づいて歓喜の声を上げた。
「含光君!」

 伏魔洞に足を踏み入れた魏無羨は、随便を抜いて放り投げ、受け取った温寧が皆の梱仙索を切って回る。
「お、おお、鬼将軍!」
 洞窟内には夷陵老祖と鬼将軍、正道を裏切った(魏無羨を庇った)含光君がいるが、かといって外には無数の彷屍が彼らを食いちぎろうと待ち構えている。進退窮まり、ただ洞窟の一角に集まって身を寄せ、無表情で歩き回る温寧を目で追う彼ら。

 一方、思追は他の少年たちとは逆に、満面に明るい表情を浮かべた。
モー……ウェイ先輩。私たちを助けに来てくださったんですよね? 魏先輩が誰かに私たちをここまで拉致させたんじゃありませんよね?」
 言葉は疑問形だが、完全に信頼と喜びに溢れた顔で魏無羨を見る藍思追。魏無羨はしゃがんでその髪をくしゃくしゃと撫で回し、数日間苦境にあってもまだきちんとしたままだった髪が乱れてしまった。
「俺が? 俺がどれほど貧乏なのか、お前も知らないわけじゃないだろ。どこから人を雇うような大金が出てくるって言うんだ」
 思追はこくこくと何度も頷いた。
「はい。そうだと思っていました! 先輩が本当に貧乏だってことは知っていますから!」

 魏無羨が藍景儀ランジンイーと、ここにいる者たちを捕えた相手について話していると、避塵ビチェン(藍忘機の仙剣)が鞘から出て、思追の梱仙索を切った。
 藍忘機は剣を鞘に戻してから、思追に「良くやった」と言った。思追が平静を保ち、なおかつ魏無羨や藍忘機を信じられたことについて褒めた言葉だった。思追は慌てて立ち上がり、藍忘機に向かって背筋をきちんと真っすぐに伸ばした。しかし、笑みを浮かべる間もなく、魏無羨がくすくす笑いながら口を挟んできた。
「だよな、本当に良くやったよ。まさかこの思追が、喧嘩までできるようになったとはな」
 思追は一瞬で顔を真っ赤にした。
「あ……あれは……先ほどは頭に血が昇ってしまい……」

 その時、彼らの背後から金凌が近づいてきた。藍忘機は即座に魏無羨を庇うように前に出、思追も藍忘機の前に立って慎重に口を開く。
「金公子」
 金凌は何やら言いたいことがあるようだが、口には出さず、ただひたすら自分が剣で刺した魏無羨の腹部を凝視していた。「まさかまた刺すつもりか」と景儀が蒼白になり、表情の強張る金凌の様子に、
「景儀!」
 慌てて思追が声を上げる。

 そんなやりとりを見ていた魏無羨は、景儀を左に、思追を右にして少年二人の首に腕を回した。
「いいから、ともかくさっさとここから出るぞ」
「はい!」
 思追はそう返事をしたが、隅にいる少年たちは固まったまま動こうとしない。外の彷屍が気になるらしい。
「私が先に出て、あいつら(彷屍)を追い払います」
 と、温寧が素早く外に出ていく。
「梱仙索は解けましたから、あとは皆で力を合わせて活路を切り開けばいいだけの話です。もしあなたたちがここに残るとしたら、私たちが離れたあとに万が一彷屍の群れが押し寄せてきた場合、この洞窟の地形を見る限り袋の鼠になるのではないでしょうか?」
 思追はそれだけを言うと、景儀を引っ張ってさっと歩き出す。二人を含む藍家の少年数名が、率先して温寧のあとを追って洞窟の外に向かった。

 残された少年たちは、うろたえてただ顔を見合わせるばかりだったが、しばしの沈黙のあと、「思追殿、待ってくれ!」と呼びかけながらあとを追い、彼らと一緒に外に出ていく者があり、それから続々と立ち上がった者たちは皆、義城で魏無羨と藍忘機に助けられた少年たちだった。
 そして結局全ての者が、恐々ながら洞窟の外へと向かうことになる。

 その後、彼らは洞窟の入り口で迎えに来た親たちと対面し、彼らが魏無羨らと対立するのを見る。
 そこから物語は過去へ飛び、思追が再び出てくるのは同じ3巻の「第十九章 丹心」になってからだ。
 だが、話自体はそのまま続くので、「◎脇役列伝その1:藍思追(6ー2)」として次も書いていく。


 十九章のタイトル「丹心」は、「まごころ」という意味。物語の中でも屈指の名場面があるところ。ただ、相変わらず本編のストーリーとは外れたところにいる思追なので、その場面を書くことは難しいだろう。
 但しこの章に、彼にとって人生に関わる最も重要な場面が含まれていることはご存知のとおりだ。次回はまだその場面は出てこないと思われるが、よろしくお付き合い頂きたい。

 なお、過去編に出てくる彼の場面は、現在の話が全て終わった後(最終章「忘羨」まで終わってから)、改めて書くことにしているので、ご了承の程お願い申し上げたく。

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かんちゃ
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