リンクスランドをめぐる冒険 Vol.75 生命の樹 Part.2
ある時。
地球の大地に、
誰かが、または何かが、
種を撒いた。
その種が、日本に伝わってきた経歴はかなり複雑だ。
最初はスコットランド人の入植者によって原種が持ち込まれた。
原種は日本で繁殖も拡散もしなかったけれど、その遺伝子は今でも主に関西方面で脈々と受け継がれている。
次は第一次世界大戦後の好景気。
海運業や造船業、重化学工業の勃興で海外との取引も増えたことから、海外に出た日本人が媒介となってアメリカ変異種を日本に持ち込み、主に富裕層を相手にした種が繁殖し始める。
日本で名門と呼ばれているコースの多くは、この時期に誕生している。
ただし、ここでも変異種が生まれている。
ひとつはコースを優先的に利用できるための会員権制度。
もうひとつは、キャディを専門職とする女性の採用。
この変異種に、成金(私が言ったのではない。当時の社会的な風潮が命名したのだ。大戦景気で急にお金持ちになった人達のことを指す。女中が、客人の足元が暗くて見えないといった時、お札に火をつけて明るくした、という風刺画は有名)
が飛びついた。
なにしろ、お金さえ払えば富裕層の仲間として一緒にゴルフができる。
会員権を持つことはステイタスのシンボル的役割となった。
次は高度経済成長期。
日本中をブルトーザーが駆け巡り、山を切り崩し、団地を作り、ついでにゴルフコースも作った。
単なるコースの利用優先権だけの会員権は既存のコースの購入価格が跳ね上がったことから有価証券のように資産になる、とゴルフコース開発会社が囁く。
会員権を先売りして資金を稼げば、また新しいコースを作ることができる。
日本で生まれた変異種は異常繁殖を起こし、やがてアジア人によって、韓国やタイなどに拡散していく。
ゴルフを知らず、マネーゲームと考えた媒介者によって作られた日本の変異種。
乱売された会員権ともてなし優先の女性キャディ。
種のDNAコードすら書き換えるこの2つの存在はやがて、がん細胞のように変異種を食いつぶしていく。
バブル経済の崩壊と同時に。
日本のゴルフコース総数はアメリカ、イギリスに次いで第3位(カナダが第3位という統計もある)。
けれど、日本にはアメリカのような広大な土地もなければ、イギリスのようにリンクスもなく、自生する芝に適した環境でもない。
コースを作るためには山を崩し、樹木を切り、芝を植え、手入れをしなければならない。
その条件下なのに、どこもチャンピオンコースを真似て18ホール以上を有し、御殿のようなクラブハウスを作ってしまった。
種が淘汰されるのも無理のない話。
ただし、この種は強い。
変異した細胞をアポトーシスのように自然死させ、再生を図ろうとしている。
会員権のシステムは残っているけれど、少なくとも現在は投資目的ではなくっているし、もてなしのための女性キャディもいなくなり、現在は男女問わず優秀なキャディを育てている。
高度経済最長時代やバブル経済時と違い、海外の情報が広く知れ渡るようになってきて、日本の変異種に原種の特徴を取り入れる人、組織が増えてきた。
もっとも、日本の変異種を作り出したのはゴルフを知らない無知な成金や拝金主義者だけではない。
日本固有種も誕生している。
その代表的なコースが大洗ゴルフ倶楽部。
シーサイドに黒松を植えた風景はまるで西洋を感嘆させた浮世絵を思わせる。日本の原風景だ。
設計したのは井上誠一氏。
氏のコースに対する思想はアリスター・マッケンジー博士と共通する部分が多々ある。
2人とも、種の変革に多大な影響を及ぼした人物だろう。
今、種は飛躍的に拡散している。
これまで、種の拡散手段はアナログ的、物理的だったが、現在はデジタルに変わった。
世界を蜘蛛の巣でつないだインターネットも拡散、繁殖の大きな要因だろう。
種は、拡散するごとに大きく変異してきた。
それはこれからも続く。
デジタルに慣れた新しい次世代の媒介者たちが作り出すVRの種には、繁殖する大きな可能性が秘められている。
たとえば都市圏で流行の兆しを見せているインドア・ゴルフ。
技術的にはまだ初歩的、よちよち歩きの赤ちゃんだがデジタルは成長が早い。すぐにリアリティを高め、新しい媒介者たちが満足できるような変異種になることは間違いない。
オーセンティックなプロ競技でも新しい変異種が生まれようといている。
長年、プロ・トーナメントを牽引してきたタイガー・ウッズとロリー・マキロイが共同で運営する新リーグ「TMRW(トゥモロー)」だ。
詳細はまだ決まっていないが、アリーナ会場でギャラリーが観覧する中、バーチャルコースと設置されているリアル・グリーンで勝敗を決めるというゲームになるらしい。
このデモンストレーションが成功すれば、バーチャルとリアルを混合させたエンターテイメント施設の発展性も見えてくる。
もちろん、これも変異はしていても、種の形態のひとつなのだ。
そして、その一方で今も、スコットランドのローカルコースでは600年前に芽吹いた原種が、ほとんどそのままで生き続けている。
原種から、経済成長と技術発展によって成長する種。
それは「生命の樹」だ。
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