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異世界/掌編小説#2

一.
 トラックに轢かれるとそこは異世界だった。
 
 植生する草木は日本に生えていないものばかりだが、どこか馴染みのあるような感覚がある。触れたりよくよく見てみるに、なるほど、小さい頃読んだおとぎ話の挿絵にあるような草葉ばかりだ。まだ物心もつかない子供の頃、腕いっぱいに開いた絵本の世界がそこには広がっていた。一本道の途中にいることに気がついた俺は、これが夢であることを疑いつつ、道沿いに歩くことにした。
 
二.
 一本道の果てには街があった。周りを塀に囲まれ外の世界とは切り離されている。外から入る時に確認した塀の両端の距離感から、およそ体育館3個分くらいの領域である。しかし、市中は人々が路地を行き交い、その活気は並ならざるものであった。しかし、その街に溶け込むことができなかったのは、俺が直面した奇妙な光景のせいだった。
 「おい、なんで、みんながここにいるんだ?」
 行き交う人のどの顔も俺がこの世界に来る前に知ってる顔ばかりだった。ナガエ、フクチ、マスダ…次々と声をかけるも俺のことは知らないらしく、さらにはどいつも俺のいた世界の事をわからないと話す。
 なぜか市井の名前を知る俺に何かを感じた街の住人達は、気味の悪い訪問者を追い出さず、雨風凌げる寝床と住み込みの酒屋のウェイターの仕事を与えてくれた。

三.
 酒屋の仕事に慣れ、半年ぐらいが経った頃、この世界の法則に当てはまらない少女の存在に気が付いた。この世界の全ての人間には前の世界で会っている。だが、その少女には前の世界でもあっていないし、顔も名前も知らない。
 その子どもとの出会いから半年後、ピンとくる。その日、祝い事か何かで街の住人たちが一堂に会した。そこでその子どもの親を見る。間違いない。取引先のホタニの娘だ。特徴的な鼻筋と口元のバランスは疑いようもなく遺伝を感じる。
 しかし、別の疑問が生じる。
 「前の世界であの子にあったことがあるだろうか?」

四.
 前の世界のことを振り返る。
 俺は食品小売の配達ドライバーだった。ホタニは配達先の弁当屋の店主。
 普通、ドライバーというのは多くの人から目下に見られる。ストレスのはけ口に怒鳴られるなんてことも珍しくない。
 しかし、ホタニは俺には優しく接してくれた。彼は私がくると「ありがとう、ありがとう」と言って優しく接してくれた。彼は俺がくると必ず何かマカナイをくれた。
 少しありがた迷惑な気もしたが、彼の作るチキンカツ等はとても美味しかった。トラックに轢かれた日もそうだった。その日はなぜかめまいがしていた。人手不足で俺の代わりを用意することも出来なかったから、コーヒーや栄養ドリンクでどうにか気を保ち、最後の配達先まで向かった。
 体調が良くないことを伝えると、ホタニは俺のことを心配してくれた。吐き気はないかとか、だるさはないかとか。まるで医者かのように症状を言い当ててきた。その日、俺はその弁当屋の前で轢かれた。車通りもあまりないところなので油断してしまった。
 
 ふと、考える。
 仕入がない状態でどうやって俺の為に出来立ての料理を用意していたのだろう。
 
 自分が何やら考えてはいけない領域に足を踏み入れている気がした。それ以上は何も考えないことにした。

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