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2024/10/7セルフリハビリ5日目(骨折から60日目)
今日は足の調子が良くない。
むくみと痛みが強いけれど、ワンとお散歩に行きたいので
夕方、ワンたちについて行く。
往復200m、30分コース。
ワンたちは途中から別のコースへ。
昨日と比べて、特段進歩はない。
2ヶ月ギブスで固めたのだから、戻るまでにも同じように時間がかかる。
足の指、足首、ふくらはぎは動かすようにはしていた。
足首は回し方によって激痛が走る。
かかと、アキレス腱が動かないという感覚は初めてのことだった。
「この部屋から東京タワーは永遠に見えない」 麻布競馬場著
「あの本読みました?」にゲストで出演されていて、
鈴木保奈美さんが「令和の田中康夫」とおっしゃっていた。
ご本人もとても面白い方だったので、早速図書館で借りる。
とても面白かったけれど、読後はつらいの一言。
19の短編があり、「今年で30歳になります」というフレーズが入っている。
まだ、30だよ。
行き場のない閉塞感。
狭量で近視眼的なモノの見方しかできない。
内部生と自分を比較して、圧倒されて打ちのめされる。
それでも慶應という小さな世界から抜け出せないし、抜け出したくない。
卑下しながらも慶應卒にしがみつく。
欲しいものは社会的地位、名声、称賛、お金。
これらが得られなければ、幸せになれないと思い込んでいるし、
実際にそうなのだろう。
それは彼らの親が望んでいる幸せ。
親の押し付けた幸せを自分の幸せと思い込まされている。
ペットを飼ったり、海外旅行に行ったりして、方向転換を求めても
それは自分の欲しい幸せではない。
苦しい。読んでいても苦しい。
内部生だって、もっともっと苦しい人もいると思う。
さらに小さな世界。
その中にはお金だけではない、
家柄や何代前から慶應か、誰と親戚か、細分化されて比較されている。
どこに行っても、その先には同じ壁がある。
まさに、求不得苦(ぐふとくく)。
でもさぁ、いいじゃないの。慶應出てるんだから。
「慶應ボーイ」と名乗れなくったって
という話。
同世代のムスメがいる。
もし、こんなことを考えていたらと思うと胸が張り裂けそう。
(小説ですよ。お母さん、フィクションですから)
与えられる幸せではなく、自分で幸せを作ってほしい。
人と比べて幸せを確認するなんて、つまらないことをしてほしくない。
「自分で自分を幸せにする」と決めて、生きていって欲しい。
と願っております。
私にとって、ムスメは最高の推し。
推しの幸せが私の幸せ。