本覺思想の形成(6)
鎌倉時代に天台本覚門の口伝法門が体系化される。惠心流の三重七箇の大事は包括的で代表的とされる。
七箇というのは、一心三観、心境義、止観大旨、法華深義の広伝四箇に、法華深義から円鏡三身、常寂光土義、蓮花因果の略伝三箇を加えた七箇である。これを教行証の三重に亘って伝授する。
1.一心観心:境(対象界)の一心三諦と智(主体)の一心三観を分け、前者を迹門、後者を本門とする。最終的に智の一心観心は凡夫の日常の心をそのまま肯定する。
2.心境義:一念三千を説く。心・智(主体)・境界(対象)の未分一体の天真独朗の一念三千である。
3.止観大旨:止観の根本は言葉を超えた教えを超えた真理であり、天真独朗の止観のこと。
4.法華深義:『法華経』についての天台大師智顗の悟りの境地。略伝三箇はこの法華深義の詳説となる。
5.円鏡三身:三身は法身(真理そのもの)、報身(悟りの結果得た身)、応身(衆生キュウサイのための仮の身)をいう。円鏡において無作の三身をたてる。無作の三身とは、作為を加えないありのまま、自然のままの衆生のあり方である。
6.常寂光土義:常寂光土は佛の最高の淨土であり、この現象世界がそのまま常寂光土であるとする。
7.蓮華因果:蓮華は華と果実が同時であるので、因果の同時性を意味する。衆生と仏とは同時一体のものとする。
本覚思想は鎌倉以降、近世にいたって批判を受けて衰退するまで、長い期間に亘って大きな影響を残した。本覚思想というか、如来蔵、仏心の思想という意味ではなく、修行の否定や堕落に結びつくといった点が主な問題である。日蓮、親鸞、道元への影響が大きく、鎌倉新仏経は本覚思想への批判から形成されたといえるが、それは比叡山などの組織や堕落したありかたへの批判だろう。
末木文美士は、本覚思想の進展は日本において衆生を救済する神のほうに価値を置く考えを育て、神道が独立するようになるという。本覺思想が神道の理論に影響を与えたという意味である。日本にはそもそも自然信仰が在ったということも要因かと思う。さらに末木文美士は、大自然との一体化を目指す修験道も本覚思想の影響を受けた、という。空海の影響、真言宗の流れを考えたくなるが、即身成仏思想も元々、大乗の如来蔵思想に基づくので同じかもしれない。
末木文美士は、文学、芸能についての影響についても草木成仏が影響を及ぼしたという。華道、茶道が特に分かりやすいのだろう。禅、また武家による新しい文化という従来との差別化だろう。本覚思想の言葉の導入により資料が残り、論評しやすくなったのは事実だろう。しかし、日本に本来的に自然を好んでいただけなのではなかろうか。確かに禅画、水墨畫もあるが、むしろ一円相や曼荼羅が本覚思想による様式美であると見たことが、芸術にもたらした価値なのではなかろうか。
さらに、近・現代の世界観にも影響を与えた可能性もあるという。確かに、昭和前半までの西洋の仕事の仕方によるストレスや、戦争による破壊は、仏教や神道的な感覚から自然の価値を表現することがあると思う。しかし戦後の発展においては、公害、環境破壊、また資源枯渇不安(オイルショック)、最近の異常気象と、そのような日常のことは、今は宗教とは結びつかない。環境活動を宗教と結びつけるのは大勢ではないだろう。社会的なストレスやメンタルといった方面で仏教の価値が評価されていることは、臨床心理学、マインドフルネスの普及として知られているといえるだろう。この基礎に如来蔵、仏心、本覚思想があると論ずることは可能かもしれない。
参考:末木文美士、日本仏教史、新潮文庫、1996