管長日記「臘八示衆」解釈20241202
臘八示衆(ろうはつじしゅう)とよむ。『臨濟録』(岩波文庫)には「じしゅ」と振り仮名が付いている。”じ”である。
資料上、価値がある記事だろう。昨日、筆者が東嶺圓『五家参詳要路門』「附録(二門)」のことと示したが、これは禪宗における資料としても正しいようだ。他にはなかった。
本日記で山本玄峰『無門関提唱』が引用されるが、筆者も臘八示衆なるものを知ったのもこの本であった。
老師は「坐禅の道の間違いのないことがはっきり説かれています」と山本玄峰老師の提唱を引用する。
臘八について、ちょっと足しておく。
佐藤義英『雲水日記』(p.180)には「いのちとり大接心」と副題がついており「十二月一日かあr一週間の臘八大接心は、昔から”雲水の生命取り”とまでいわれ、どの僧堂でももっとも重要視される大行事だ。~雲水がこれほど激しく事故と戦うときはまずないであろう」と書かれる。
鈴木大拙『禅堂生活』(岩波文庫、p.178)には「大接心の行われている期間中は、禅堂内一面にわたりて一般的神経の緊張がある。斯かる制度の利害については時折問題とせられるが、これが禅堂生活に入った初学の者に与える効果の多大なことは疑えない。~禅僧たると維那とを問わず、凡そ若いものにとっては善き実際的訓練である」とある。
構成:
■1.『五家参詳要路門』の臘八示衆朔日、訓読
■2.臘八示衆朔日、敷物と座り方、着方
■3.臘八示衆朔日、姿勢
■4.臘八示衆朔日、法界定印(円覚寺)
■5.臘八示衆朔日、数息観
■6.臘八示衆朔日、丹田、公案以降
「お互いこの一週間努力するのであります」と〆るが、なるほど、老師らしい言い方かもしれない、と思った。
■1.『五家参詳要路門』の臘八示衆朔日、訓読
「臘八示衆という短い文章があります。『五家参詳要路門』に載せられているものです。
臘八のそれぞれの晩に、白隠禅師がお示しになったものです。」
「初日の示衆を紹介します。」
朔日夜示衆曰。夫修禪定者。先須厚敷蒲團。結跏趺坐。寛繋衣帶。
竪起脊梁骨。令身體齊整。而始爲數息觀。無量三昧中。以數息爲最上。
令氣滿丹田。而後拈一則公案。直須要斷命根。若如是積歳月不怠。
縱打大地有失。見性決定不錯。豈不努力乎。豈不努力乎
朔日夜、示衆に曰く、
夫れ禅定を修する者は、先ず須く厚く蒲団を敷き、結跏趺坐し、寛く衣帶を繋け、脊梁骨を竪起し、身体をして斉整ならしむ。
而して始めて数息観を為す。
無量三昧中、数息を以て最上と為す。
氣をして丹田に充たしめ、而る後に一則の公案を拈じて、直に須く断命根を要すべし。
若し是の如く歳月を積んで怠らずんば、たとい大地を打って失すること有るも、見性は決定して錯らず。
豈に努力せざらんや。豈に努力せざらんや。
「坐禅の基本を説いてくださっています。」
■2.臘八示衆朔日、敷物と座り方、着方
「禅定を修めようと思う者は、まず厚く座布団を敷きます。ことにお尻を高くする事が大事であります。よほど慣れてくると、低い坐布でも坐れるようになりますが、ある程度の高さがないと、慣れないうちは腰が落ちてしまいます。腰が引けてしまっては、どうにもなりません。」
「結跏趺坐とありますので、よく知られた坐り方で、両方の足を反対側の股の上にのせて坐る座法です。これがやはり一番安定します。おへそのまわりに、ほどよい引き締まった感じがして、丹田にも気が自ずと満ちるものです。」
「寛く衣帯を繋けとありますのは、服装をあまりきつく締めすぎないことです。しかし、だらっとした服装ではよくないので、ほどよい締め付けが良かろうかと思います。我々ですと着物の帯を締め、その上に法衣をまとい、手巾というのを腰にまきます。ほどよいしまりと緊張感が大事であります。」
■3.臘八示衆朔日、姿勢
「それから脊梁骨を竪起するというのがもっとも肝心なところです。」
「脊梁骨は背骨です。(「脊梁」:「せぼね。せすじ」(『広辞苑』))背骨を立てる、これは人間の人間たる由縁でもあります。まず一番の根元は、仙骨です。仙骨を立たせることです。仙骨が後ろに傾いてもいけませし、前傾のしすぎもよくありません。仙骨のすぐ上の腰椎五番が前傾するくらいがちょうどよいものです。大地に向かってまっすぐに背骨を立てるのだという気持ちで坐るのです。」
■4.臘八示衆朔日、法界定印(円覚寺)
「身体をして整斉ならしむとは、体をきちんと調えることです。」
「背骨を立てて、手もだらっとするのではなく、きちんと法界定印という印を組みます。右の掌の上に左の掌を重ねて、両方の親指をかすかに合わせます。この法界定印がまた実に理にかなった方法です。」
「臨済宗では、両手を組み合わせて坐る方法をするところも多いのですが、円覚寺では法界定印です」とのこと。ネットで検索すると、「真言宗の法界定印は胎蔵曼荼羅の大日如来の手印で、左の掌の上に右手の甲を重ね、両手の親指の先を付くか付かないかに合わせます。でも、同じ法界定印といっても、日蓮宗や曹洞宗、臨済宗などでは、右手の上に左手を重ねるんですね。臨済宗の坐禅では、法界定印だけでなく、右手を左手で包むように握る結手などいくつかの形があるようですが。どうして、同じ法界定印でも手の組み方に違いがあるのでしょうか?」と出てくる。
色々と見ていると、どうも「法界定印」というのは大日如來の手の組み方のようだ。
「私も鎌倉に来たころには、この法界定印になかなか慣れませんでした。まず上腕を外旋させます。そして前腕を内旋させてうちに向けます。更に手首を外旋させます。最後に親指を内旋させて指先を合わすのです。ですから、外旋、内旋、外旋、内旋とらせんがかかります。これが実に体をささえてくれるようになるのです。よく考え抜いた見事な手の組み方であります。」
老師も教わったのであり、誰がいつ始めたのだろうか。
■5.臘八示衆朔日、数息観
「「而して始めて数息観を為す」とありますように、まず息を数えます。これも初歩のやり方のようですが、奥が深いものです。何年何十年坐ってきてもゆったりと息を数えるのは良いものです。」
山本玄峰老師『無門関提唱』「臘八示衆(朔日)[白隠禅師晩年の垂語〕」(大法輪閣、p.10)からの引用を入れる。
引用(p.11の後ろの方)「さて始め数息観をなす。どんな大切なことを人と話すにしても、自分の息が数えられないようなことだったら、ほんとうのことはできやせん。それじゃから人と大事な話をしたりするときは、第一に息をしずめて、全身、足の先から頭の先までずつと一つになってやる」
「そのあと「無量三昧中、数息を以て最上と為す」と白隠禅師はお示しです。いろんな心の集中の仕方がありますが、息を数えるのが最上だというのです。」
■6.臘八示衆朔日、丹田、公案以降
「氣をして丹田に充たしめ、而る後に一則の公案を拈じて、直に須く断命根を要すべし」と白隠禅師は親切に示してくださっています。」
「気を丹田に充たすのは、禅定に入るにはとても重要です。下腹が自ずと充実してくるように坐ります。」
「断命根(だんみょうこん)について玄峰老師は、次のように提唱されています。」(ここは『無門関提唱』p.12の2行目)
「身体を斉整せしめ、数息観をやる。そうして一則の公案、直に断命根じゃ。肉体の中にある貪瞋癡、八万四千の妄想、この命根をすつきり断たにゃいかん。そうなると本来の面目がガラッと開ける。八万四千の妄想も煩悩もふつとぶ。ちょうど大般若の十六善神がみな悪人だった、それがみな護法善神になってくる。自分らもそうじゃ。何もやりかえるわけでも、入れかえるわけでもない。自分で持っておるのじゃ。渋柿が甘柿になる。渋柿でなければ甘柿にならない。渋いも渋い。それが途端に甘柿になる。」
「これが煩悩即菩提の消息です」とは南嶺老師のことば。
(p.12後半)「若し是くの如くして歳月怠らざれば、たとい大地を打つて失すとも、土を叩いて、庭を叩いて叩きそこなう者はない。的(まと)ならうちそこなうことがあるが、大地は打ち損いはない。その大地を打つて失することがあろうとも、見性は決定して錯らず。豈努力せざらんや努力せざらんや、と。まずこういうように、白隠さまは第一日の示衆に示された。」