「水が腐る」ってなんぞ?

 「水だって常温で置いといたら腐るで」というのはよくある話だ。腐るという言葉を「人間の消費できる状態ではなくなる」という意味でみると実際それは正しいようで,ペットボトルの水を見ると必ず消費期限が書かれているし,高温環境にずっと置かれていた水は飲むと腹を下す(一敗)。

 でも,「水が腐る」って何?

 なまじ生物学を若干かじってしまったことの弊害か,私は「腐る」というのは「細菌や菌類が動物性・植物性有機物を分解して変質させる過程のことをいう」と認識している。人間にとって「イイ」腐敗は産業界で「発酵」とか呼ばれ,納豆やパンなど発酵食品に利用される。人間にとって「ワルイ」腐敗は文字通り腐敗で,腐朽菌が木材を腐敗し家の耐久性を~とかいったりする。あるいは「金属が腐敗する」というように,物質を構成する成分が酸化されたり風化されたりすることを腐ると言ったりするかもしれない。結局のところ,「物質が酸化する」ことを腐るっていえばいいのかな?という程度の認識である。

 じゃあ「水が腐る」ってどういう状況なんだ??

水はH2Oだ。すなわち無機物である。上述した第一の「腐る」の対象は,細菌や他の動物により分解される有機物であるので,「細菌や菌類が動物性・植物性有機物を分解して変質させる過程」という定義に当てはめると,どうにも水は腐ら無そうである。じゃあやっぱり,水が酸化されて何かに変わっているのだろうか?よくわからないので調べてみようね。

 といってもちょっと考えればすぐわかる事であった。世にいう「今更聞けない」たぐいのものかもしれないが,分からなかったのでしょうがないのだ。
 まずほんとにきれいな水,すなわち純水は腐らない。細菌や菌類も含め,ほとんどの従属栄養微生物は有機物を分解する過程でエネルギーを得て,そのエネルギーを様々な代謝反応に用いる。でもほんとにきれいな,不純物の入っていない純水の構成成分はH2Oである。有機物が一切含まれないので,微生物にとってはエネルギーを得るための基質がなく,増殖できない。したがって,純水は生物学的な意味で腐らないのである。
 ではなぜ世の水は腐るのか?結論から言えば「世の中のほぼすべての水は純水ではなく,微量の不純物を含むから」である。加えて「空気中には微生物がうようよいるので,少しでも空気に触れるとそこから微生物が水中へ入り込んでしまう」のである。ある成分を溶液・懸濁液中から完全に取り除くのは非常に骨が折れるものであり,どんな処理を施されても少量の不純物は残ってしまうものだ。そこに空気から微生物が混入すると,その少量の不純物(主に有機物)の分解で得たエネルギーで増殖していく。この状態になると,見た目にも若干濁ったように見えるし,飲むと人体に悪影響を与える大腸菌のような細菌がいたりもするようになる。これを一般に「水が腐った状態」というのである。
 なおいくつかのサイトを見ていて「ミネラル」と「有機物」を混同しているのは気になった。確かにミネラルと呼ばれるものは一般に水道水や天然水などに含まれているものだ。しかしミネラルはカルシウムやマグネシウムなどの鉱物に由来する無機成分を指す言葉であり,普通有機物とは言わない…はずだ。いやもしかしたらCaやMgが含まれる有機物をそう呼んだりするのか?わからないけどこれは次以降の宿題ということで。
 閑話休題,じゃあ水が腐らないようにできることはないのか?対策法の第一は微生物の繁殖しづらい環境で保存しておくことだ。当たり前だが微生物は生物である。代謝反応には酵素がかかわり,酵素の働きが最大となる温度は30~40℃である。また有機物の分解のような化学反応の速度は原則的に温度が高い方が早く進む(温度が高いほど活性状態を超えるエネルギーを持つ分子が多くなるためである)。なので直射日光が当たらず温度が低い場所,つまり冷蔵庫に入れておけばいいのである。完全に腐敗を防ぐことはできないが,その進行を遅らせることはできる。
 じゃあ常時冷やされているわけではない水道水って危ないんじゃ?と思いきやすでに対策は講じられている。水道水には塩素が含まれており,これにより人体に有害な大腸菌などの微生物の増殖が抑えられているのである。塩素消毒の詳しい変遷については日本薬学会のHPに書かれており,興味深い内容なのでお勧め。ここではそこからなんで塩素で消毒できるのかというのだけ引用させていただく。

塩素を水に溶かすと、塩素が水と反応して次亜塩素酸(HOCl)とそれがイオン化した次亜塩素酸イオン(OCl-)という物質が生成されます。これらの物質は強い酸化作用を持っており、その作用によって菌体膜を破壊、酵素を失活させ、殺菌作用を示します。 一方で、殺菌作用を示す濃度は、ヒトの健康に悪影響を及ぼす可能性がある濃度の1/1000以下とかなり低いため、塩素の酸化作用がヒトの健康に悪影響を及ぼす可能性は低いと考えられます。 水道水の場合は、浄水場にて様々な処理が行われた後、各家庭に送る直前の段階で行われます。そこから各家庭の水道の蛇口まで消毒された状態を維持する必要があるため、水道管の末端、すなわち蛇口から出てくる時点においても遊離残留塩素(HOCl、OCl-)濃度を0.1 mg/L以上(結合残留塩素(クロラミン類)の場合は0.4 mg/L以上)に保つよう法律によって定められています。

意外と知られていない水道水の塩素消毒の話
鈴鹿医療科学大学薬学部 廣森洋平

 はえーなるほど。さきほど有機物の分解は酸化作用であることを述べた気がするが,これはつまり酸化作用によって有機物の構造を破壊すること。ほんとの化学的には同じ原理を用いて,強い酸化作用を示す化学種をつくりだし微生物を殺すようにしていたのだ。
 ちなみに塩素消毒された水道水は,薬っぽい独特のにおいを有していてなんか嫌だという人が多い(実際私も苦手で,飲用には浄水器を通した水を用いている)。しかし浄水器を通すと塩素まで除去されてしまう可能性があり,そうなると抗菌作用も消えてしまう可能性があるのだ。まあ先ほど述べたように冷蔵庫に入れておけばすぐに腐るなんてことは早々起こらないが,ペットボトルなどに入れて日中持ち歩く際などには要注意かもしれない。

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