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本の廃棄を検討する 5

妻と話し合った結果、「お前の稼ぎでトランクルームを借りて、そこに本当に必要な本を纏めていれておけ!」という結論に至ったので、廃棄は本当に最終手段となったので、まとめておくことにしました。

ただ、全部は入れられないので、ある程度まとめておくことが重要と思われます。

夏井睦『傷はぜったい消毒するな 生態系としての皮膚の科学』(光文社新書 2009)

これを読んで以降、消毒は極力避けるようにはしているのだけれども、でも破傷風とかのこともあるので、泥に触れた傷口からは出来る限り血を絞って、洗って、なんとなく消毒薬をつけてしまう。

面白かったのは、大便には菌がたくさんついてて、それでも切れ痔の人は必ず化膿しているわけではないから、傷口に細菌がいても化膿する条件がそろわなければ化膿しない、という話。

まあ、キレイだし、とっておくか。

中島義道『ウィーン愛憎 ヨーロッパ精神との格闘』(中公新書 1995 第5刷)

これも推し活の産物だな。中島義道本にハマった時期があった。これはウィーン滞在の貴重なドキュメント。こうしたドキュメントは、由良君美と四方田犬彦の師弟関係ドキュメントなんかもその一つ。

これは捨てない。

根井雅弘『21世紀の経済学 市場主義を超えて』(講談社現代新書 1999 第2刷)

いつだろう、経済思想史のようなものにハマったのは。それで購入した根井本。たぶん、ハイルブローナーの経済思想史(『入門経済思想史 世俗の思想家たち』)を、当時付き合っていてすぐに振られた女にパクられて、二冊目を買った際に、ついでに買った本のように記憶する。

まあ、経済思想も、さすがにもういいかなと思うので、根井本は捨てるかも。

佐藤常雄+大石慎三郎『貧農史観を見直す 新書・江戸時代③』(講談社現代新書 1995)

良い本だった。農書という地味な対象のことがよく知れる。

宮崎安貞の『農業全書』、大蔵永常の『広益国産考』は有名。農書の成立は、江戸期の農業技術発展の背景から生まれ、こうした事柄の伝承と啓蒙のために、江戸期の識字率などの教育程度が内発的に上がっていくという事柄が書かれている。

この本、おそらく2冊あるから、もう一つを見つけたら、流石に一つはお役御免でいいかな。

ドミニック・ランセ『ボードレール 詩の現代性』(白水社文庫クセジュ 1992)

ボードレールの作品には、あんまり興味はなかったんだけど、おそらくは「ダンディズム」に関心を持った時に、ボードレールの人となりを知りたくて、古本屋で買った一冊かもしれない。

ブックオフで500円という値付けがあるので、かなり意思的に買ったものだと思われる。文庫クセジュは、翻訳なので、まあまあの値付けがあって、表紙も今の黄色をベースした表紙ではなく、緑色のちょっと古い版。

造形的にも綺麗。ボードレールについては、まあ捨てないでおこうか。

吉永良正『ゲーデル・不完全性定理 理性の限界の発見』(講談社ブルーバックス 1996 第7刷)

理系志望の学生が大半を占めていた我が県立高校は、ブルーバックスを読むのが流行していた。あんまり理系的な書物というのが目に入らない世の中で、ブルーバックスはサイエンスに関する知見をくれた。

このゲーデル本は、その後、現代思想を読む中で、ちらほら出てくるゲーデルへの言及(柄谷氏がまあそれだが)を知るために、買ったものだと思う。高校の時のブームの中で買ったものではない。

ただ、超ひも理論など、ブルーバックスで当時流行っていたものなどと一緒になっていることで、それはそれで私の記憶を喚起するものなので、コレも青春。捨てないでおく。

内容はわかるところとわからないところがあるんだけれども。

中野好夫『アラビアのロレンス 改訂版』(岩波新書旧赤 1974 第18刷)

D・H・ロレンスは英文学で重要な作家なので知っているのだけれども、T・E・ロレンスって、角川文庫リバイバルの黄金に輝く文庫でしか知らない人。映画も見たことがない。ジョジョで言及あって知ったくらい。

でも、ぱらっとみると、面白そうな人なんだなと思った。ウチの父の世代は『アラビアのロレンス』という映画を何度か観ているようなので、そのヒロイズム含めて理解しているようなんだけれども、私世代になるとどうもね。つってももう50代。

T・E・ロレンス

パラっと読んだらさすが中野好夫、読ませるねえ。

捨てないでおくか。

今日は、岩手の叔父の家に手を合わせにいく。

余計な本を持って帰ってこないようにしなくちゃ。

でもいずれは、こっちも片付けないと行けなくなるよね。



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