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あの冬の今は 後編 〜2014年2月14日の豪雪被害〜

月曜日。電車が動いてないか甲府駅に見にいった。

甲府〜小淵沢間だけが動き始める予定だった。

甲府市内は、それでも徐々に日常が取り戻されており、百貨店の地下は品薄であるとはいえ、どこか明るさが漂っていた

県立図書館前?

ホテルに帰ってテレビを見ると、東京も松本も、日常を取り戻しつつあった。

しかし、私はいまだ日常を取り戻せないでいる。

急に不安になってきた。

実は太宰治全集の文庫本を買ってはみたものの、集中して読めずにいた。気持ちが読書に向かわないからだ。無人島にいったとき、本を持って行っても読めないこと請け合いだ。

私は、あてもなく甲府の町を彷徨うことにした。

とりあえず会社には事情を話した。向こうはすでに日常が始まっており、笑い話にしてくれたが、逆に私の現況にさほど関心がないということなのだろう。

なまじ、電話で向こうの生活が動いていることを想像できてしまうので、残酷に感じられた。切り離された気持ちのまま、何もすることが、また、なくなった。

現在だったら、リモートワークの要諦は掴んでおり、teamsだろうが、meetだろうが、zoomだろうが、slackだろうが、LINEだろうが「どんとこい!」なのだが、2014年はまだ有線がなければ何もできなかった。逆に今、タブレットでそれらのほとんどが使える(teamsだけは入れてない)ことに驚くのである。

レンタカーを借りて、高速でとりあえず家までいくことも考えた。しかし、高速道路もいまだに足止めされている人の話題も聞かれ、動いてないことは明白だった。駅前の高速バスに話を聞きに行ったが、皆一様にまだ動かないしいつ動くかもわからない一点張りだった。

月曜には流石に動いて、午後には会社に行けるんじゃない?という期待は砕かれた。かといって気持ちは、昼間から酒を飲むような気分でもなく、信玄ミュージアム(躑躅ヶ崎館)を目指して歩き始めたが、雪が足元でグジグジいって、気持ちがすぐに萎えた。駅前の城は雪が積もっていて、すぐに雪かきをする必要もないためか入ることすらできなかった。

観光を諦め、県立図書館に行き、本を読み、夢小路からサドヤワイナリーに向かった。しかし、休業日だった。雪のせいでしまっていただけかもしれない。ただでさえ、月曜日である。閉めるだろう。

私は、リカーショップながさわさんに向かう。また酒かよ、と思われるかもしれないが、無聊を慰めるのは酒しかなかった。この時ほど、甲州ワインを繰り返し飲んだことはない。ただ、2014年2月に日本ワイン(当時はこういう呼称はなかった)を飲み続けたことは、甲州への感度を上げたような気がする。

ホテルに酒を置いて、駅ビルのセレオ、ココリ、岡島百貨店を回る。品薄だが、まだそれでも、色々あった。

列を成していた

皆、さまざまに買っていた。そういえば朝食も、徐々に品がなくなっていた。私はウインナーと卵さえあれば良かったので、痛痒を感じていなかったが。

結局、月曜日は、何もせぬままうつろっていった。

火曜日も、動いていなかった。

会議のメンバーに、今日もダメだということを伝えた。

いつになったら、帰れるのだろう。さすがに心細い。ホテルは五連泊になるが、ここまで流石に連泊したことはあまりなかった。

週末だけなら、ちょっとした気晴らしになったのだが、それが続くと逆に不安になる。

この状態が延々に続くというのは、気持ちが悪い。

私は自分自身が無為の状態に耐えられないことを知った。

私はレンタカー屋に電話をしまくった。水曜日には、高速道路が開通するらしい。ならば、一度車を借りて、松本の家に戻り、妻が車を運転、私がレンタカーを運転して、返却して戻ろうということになった。

妻は妊娠7か月ほどだった。

上の子が生まれるとき、震災。下の子のときは、雪害。

なんともならんなあ、とまたブックオフで立ち読みして、火曜日も過ぎた。

「やっと、お帰りですか」とホテルのフロントの人は言った。

「いやあ、長かったですね」と私。

「また、お越しください」

「ありがとう、甲府に来たら、必ずワシントンホテルに泊まりますよ。立地がいい。」

昼に、近隣のニコニコレンタカーで車を借り、松本へ向かった。

あたりをみるとまだ雪は残っている。

積雪予報のときは、無理はしないことだ。

Youtubeの遭難動画をつい見てしまうのは、このときの判断のまずさを思い出すからだろう。

スーパー銭湯が閉まっていたら、どうだったのか。

長靴が買えなかったらどうだったのか。

ホテルに宿泊できなかったらどうだったのか。

いずれにしても、不幸中の幸いが続いたことで、のんきな後半以降があった。

例の小さな赤ちゃんを連れた夫婦はどうなったのか。

今では、このような笑い話になっているが、そうはならない未来の分岐もいくつもあった。

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