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「小説 雨と水玉(仮題)(56)」/美智子さんの近代 ”高坂先生と仕事”

(56)高坂先生と仕事

二月も半ばになり、東京への異動も決まったので美智子はKJ大高坂先生に報告も兼ねて一度訪ねておくことにした。幸い土曜の午前中に時間を取ってくださった。昼過ぎに東京からくる啓一と合流する前に高坂先生を訪ねた。
「先生、昨年末はご相談に乗っていただいてありがとうございました。
その件なんですけど、幸い7月に東京へ転勤させていただけるようになりました。」
「あら、そうだったの、それは良かったわねえ。ちょうど欠員とかがあったの?」
「ええ、八月に東京の渋谷に新規出店する計画がありまして、配置転換の募集があったのでちょうどそれにハマることが出来まして」
「そうなの、よかったわね。
でも、ほんまに田中さん、運がいいわねえ。そう思うわよ。
それで結婚はいつなの?」
「ええ、六月にすることになりました。お陰様でなんとかいい感じでやれそうです。ありがとうございます。」
「そう、それはおめでとう。よかったわ、あれからどうなってるかしらと思ってたんだけど、やっぱり田中さんが立派に仕事していることを認められたのね。えらいわね」
「いえ、もう先生のおかげです。今週も実はK大のT先生のところに行って転勤のあいさつをさせてもろたんですけど、高坂先生のところで勉強させってもらったことを褒められました。」
「T先生、そんなこと言うてたの、まあ。」
「この間来たときにも言いましたけれど、T先生からいつもアドバイスしてもろてまして、しっかりとした読書経験を積みなさいって。それでわたし、遅まきなんですけどT先生の著作を少しづつ読んで勉強させてもらってるんです。」
「そう、それは続けなさいね。T先生は深い見識をおもちだからきっと役に立つわよ。それからこれからたくさん著作を重ねていかれるのよ、私も付き合いのある出版社から聞いてるんやけど、東京の出版社よ。あなたも、東京のA書店で仕事するようになったら付き合いが出て来るでしょうけど、そういう書物取引の上流にも関心をもって勉強することね」
「はい、今まで大阪でも出版社との取引関係をやらせてもらったことがあります。よく勉強するようにします。」
「そうね、それからね、できればだけれど、T先生は古書にも相当詳しいっていうこと知ってる?T先生とお付き合いが続くんなら書物取引の下流側の古書業界について詳しくなっていくことも大事かもしれないわよ、少しだけ頭に入れておきなさい」
「はい、書物の上流と下流、ですね。古書は下流ということになるんですね。わかりました」

美智子は高坂先生との会話を反芻しながら、啓一と待ち合わせの梅田に向かっていた。T先生は書誌学者と自称されている、これまで読んだ著作で、どういう意味か、字ずらだけで見えないその意味がなんとなく感じられていたけれど、今日高坂先生はそのことを意識して書物取引の上流と下流というものが線で繋がったイメージを大事しなさいと言ったのかもしれなかった。

梅田で啓一と落合い、食事中もそのことが意識されていた。
「あのね、わたし、今週K大のT先生ところにいってきたの。
以前にT先生にしっかりとした読書経験を重ねなさいってアドバイスしてもらったことがあるんだけどそれもあってね、
最近T先生の著作を読み始めているんやけど、T先生って書誌学者と自称してるって知ってる?」
「うん、知ってるよ。たしか作家のKさんもそういうこと書いてたな」
「でね、今朝高坂先生のところに転勤の話の報告に行ってきたやん。
高坂先生が書物取引の上流は出版やけど下流は古書で古書のことも勉強しなさいっていうんやけど」
「うん、なるほど書物取引の上流と下流、うん」
「それでT先生はこれからたくさんの著作を出版されるのやないかっていうことなの。
なにか、そう言われてさっきから頭から離れなくて、ちょっと啓一さんに話してみようかって思った」
「うん、なるほど、たしかになんや線で繋がってるというか、グルグルめぐってるというか」
「うん、そう。めぐってるかんじするでしょ?」
「うん、少し考えてみたらいいんやないかなあ。美智子さんのやりたいことと関係するかもしれへんから気にして探っていくというか、うん、それがいいと思うな」
「うん、そうする」
「なんか、楽しくなっていきそうやね、そういう話、これからもっと聞きたいな」
「うん、そうする、ありがとう」

そのあと、啓一と婚約指輪を決めにお店に行き、その後Xホテルに行き、結納と式の準備を進めた。

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