「ローマ人の物語ⅩⅢ 最後の努力」/四世紀、権力意志の塊である二人の皇帝による専制国家化=それはもうローマではない。キリスト教は皇帝の権力基盤強化のために利用された。
衰亡を加速するローマ帝国
ローマの衰亡は留まるところを知らなくなっていきます。しかし、ローマ帝国を維持することが目的となっていき、維持するための体制が、権力志向の塊である二人の皇帝によって以後、ローマ帝国は専制国家となってしまいます。
ディオクレティアヌス
ローマ帝国の辺境を守るために、内乱を最小限にとどめ、政権の安定を優先するために、皇帝に権力を集中させ、辺境を効率よく守る、このことを進めたのは、権力志向の権化であった、ディオクレティアヌス帝でした。
権力の集中を得て、辺境を守るために二頭制さらには四頭制まで導入し、ローマ帝国の安定化をはかったのがディオクレティアヌスです。
それには、内治の強権政治化が不可分であり、ローマらしさは跡形もなく消えていきます。
しかし、自分無き後の安定な体制までも見通せる男ではなかったのでしょう、また、内治が乱れます。
コンスタンティヌス
しかし、その後を追ったのも、若き日にディオクレティアヌスのもとに置かれ、この環境を自分のためにのみ利用しようとしディオクレティアヌスからその統治の本質を学んだコンスタンティヌスでした。
このコンスタンティヌスこそ、権力志向中の権力志向、その権化中の権化とも言える人間性を持つ男でした。
四頭制の一角から、権力闘争を勝ち抜き、粛清を繰り返し、帝国の頂点に君臨したのでした。
首都さえも、その共和政治の臭いを嫌い、新たにビザンティウムに遷都します。これがあの専制国家ビザンティン帝国の嚆矢となります。
進歩史観を逆行する歴史、進歩史観は大きな誤り
現代人は、啓蒙主義の近代を土台に歴史を捉える間違えを侵すので、独裁からデモクラシー、自由と民主という進歩主義の史観を当然のように思っていますが、これは大きな誤りです。
その実例がまさにローマ帝国でここに見ることができます。
王政から、共和制、民主制ともいえる共和制、帝政という名の元首制(カエサル、アウグストスから五賢帝)、そして混乱の三世紀を経て、ついにディオクレティアヌス、コンスタンティヌスの独裁専制政治に辿り着くわけです。
これは、進歩史観の否定でなくて何なのでしょうか。
明らかに進歩史観は誤ったイデオロギーです。歴史のファクトをみることで、似非イデオロギーを喝破することが可能です。
そしてキリスト教の勝利へ
高校の世界史で学んでわからなかったキリスト教のローマ帝国での興隆、そのなぞがこの「ローマ人の物語ⅩⅢ」で暴かれます。
キリスト教は、コンスタンティヌスの権力基盤の強化に使われたのです。
はっきりと塩野さんはそう書かれています。
コンスタンティヌスは、皇帝の民主的選出=元首制を、ローマ帝国の不安定化の問題と見做し、皇帝の正当性かつ皇帝の世襲の正当性を一神教の絶対神に基づかせ、皇帝統治権限を強化するように利用したのです。
つまり、キリスト教は利用されたのです。しかし、キリスト教はそうと知って利用されたはずであり、キリスト教はそもそも権力と不可分であったのでありその前提の上に布教されていくのです。
それゆえ、コンスタンティヌスはキリスト教西欧で歴史的大帝と評価されてきたわけです。
次巻ⅩⅣ巻「キリスト教の勝利」
次巻ⅩⅣ巻「キリスト教の勝利」にこのことがさらに積み重ねられて、塩野七生の口から語られることでしょう。
我々日本人は、キリスト教が立ち上がってきた歴史をしっかり学び、将来に亘って影響を与えるこの宗教をどう制御していくか、という目で見ていかなければなりません。
我々日本の安全保障戦略に大いに関わる非常に重要なポイントです。
次巻も皆さんにこの点について紹介していきたいと思います。
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