求める答えは、どこにもなかった
よくよく振り返ってみると
自分が望む未来とは
どこかの重要な知識を手に入れれば
すんなり上手くいくと思い込んでいた。
自立して活き活きと暮らしている人は
何か凄い方法を手に入れて
簡単に成功しているように見えていたから。
私の知らない素晴らしい方法はどこかにある!
それさえ知ることができれば…と
甘いことをそこそこ長い間考えていたようです(恥)
さらに最悪なのは
自分が望む未来を誰かが用意してくれるという妄想に
気づかないままでいたこと(致命的)
それでいて
自分がやりたいことをやっていいのに
誰のものか解らない「こうあるべき」に合わせようとして
何もできないでいた。
重要な知識や凄い方法を外にばかり求めていたけど
どれもそうなようで、
しばらくすると「いや、もっと他にある」と思えた。
なんか疲れちゃったなー
それに皆がまぶしすぎる
そう感じて、頑張っている人がいる場所から
なんとなく距離を置く状況になった。
数ヶ月たった今、
「 あれ?必要なことは私の内側にあるんじゃない? 」
ふとそんなふうに感じて
外へ外へ向いていた気持ちが「 そろそろ、いい 」と収まった。
そして
「 〜ねばならない 」という焦りをなだめて落ち着かせ
「 やってみたい、楽しそうだ 」と感じることを
その気持ちを失わず結果にこだわらずはじめた。
自分ができる範囲で気持ちが赴くままに。
結局いままでと似たようなことをやるんだろうけど
「 やらねばならない 」ではなく
「 やってみたい 」を優先した先はどうなるのだろう?
「 必要なことは私の内側にある 」
迷ったらそこに立ち返って
どうしようか考える。
今日も焦る気持ちをなだめながら。