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第29話 第2の事件、その会議②

「その六、暖炉を焚いていたのはなぜか。窓を開けていたのは。
 昨日はライ大臣が体を温めるために暖炉を焚いたことを否定したけど、一晩考えて思いついたことがあるの。暖炉は体調の悪いライ大臣が体を温めるために焚いた。窓が開いていたのは、墓地にいる私達に助けを求めて叫ぼうとしたから。しかし、叫ぶ前に松明で一撃を喰らって死んでしまう。だから、ライ大臣は窓側に頭を向けてうつ伏せに倒れていたのよ。
 つまり、犯人に背を向けた状態で殴られたってことね。窓を開けた理由が叫んで助けを呼ぶためなら、この状態で殴られたことにも説明がつく」
 エリリカの話を聞いて、発見した時のライ大臣のかっこうを思い出してみる。窓側に頭、扉側に足を向け、うつ伏せになった状態で、部屋の中央に倒れていた。叫んで助けを求めていたのなら、部屋の中央ではなく窓付近で倒れていないと話が合わない。
「ライ大臣の倒れていた位置は、部屋の中央より少し扉側ですのよ。シャンデリアの中心部分がライ大臣の頭の上にあったので、間違いありませんわ。決して窓付近ではありませんでした。それに、死んだ後に自力で移動することは無理ですわ。どうして犯人はライ大臣を移動させたのでしょうか」
「動機にある通り、犯人は二種類の凶器で殴る必要があった。最初の松明一回だけじゃダメなのよ。一回目は叫ばれないために窓の前で咄嗟に殴ったけど、もう一度殴れば見られる可能性が高くなる。そこで、ライ大臣の足を持って、扉側に引っ張っていったのよ。その場なら、水瓶に持ち替えて殴っても、窓の外から見られる心配はないわ。足を持って引きずったからうつ伏せのままなんだろうし、体が中央よりも少し扉側にあったのよ。足は体の端だから、それを持ってできるだけ扉側に引っ張れば、頭が部屋の中央になるわ」
 ライ大臣の体が部屋の中央にあったのは、紛れもない真実。エリリカ達はすぐにかけつけたので、別の人間が悪戯で移動させる時間もなかった。犯人が死体を移動させたという推理は、間違ってないように思う。
 エリリカは左手の中指を増やして七にする。
「次が最後ね。その七、犯人は何処に逃げたのか。
 警備兵は怪しい人物を見ていないと言った。墓地には参列者が多いから、窓から逃げるのも無理。そもそも四階だしね。素早くライ大臣の部屋に到着した警備兵も、部屋まで走って行った私達も、犯人とは擦れ違っていない。その上、二手に別れて三階以上を調べても、誰もいなかった。もちろん、三階や五階の窓だって裏庭に面しているわ。そこから外に出れば誰かに見られるし、上階から飛び降りるのは無理ね」
 アリアは頭の中で、犯人がライ大臣の部屋から魔法のように消えてしまう場面を思い浮べた。瞬間的に現れて、瞬間的に消える。ライ大臣は、抵抗する間もなく殺されてしまう。
「犯人はどこから部屋に入ったのか、という問題も残りますわね」
「そう、そうなのよ。そして、ワインに毒を盛った話をした時、犯人は警備兵のよく知る人物なんじゃないかって言ったわね。そこで気づいたのよ。先に来てた警備兵、セルタ王子、クレバ医師、警備兵を呼びに行ったアリア、アリアと一緒に来た警備兵。この人達は、全員もれなく階段を上り下りする音が聴こえていたの。でも、イレーナ大臣だけは、階段を上ってくる音が聴こえなかった。急に私達の後ろに立っていたのよ」
 エリリカに言われてはっと気づいた。ライ大臣の部屋で証人を呼ぶ話をしていた時、イレーナ大臣が廊下に立っていたことを思い出す。エリリカもアリアも彼女が後ろに立っていたことに気づかなかったから、声をかけられてかなり驚いた。
「そして、こっちはさらに重大よ。私はライ大臣に近づこうとして、誰かを呼ぶために一度アリアの横に戻ったわよね。アリアは扉の前に立っていたから、その横に並べば私達で廊下からの視界を塞ぐ形になる。当然、廊下から部屋の中は見えないわ。イレーナ大臣は私達の後に来たはず。それなのに、廊下から見てライ大臣が死んでいると指摘した。廊下から中は見えないはずなのに、ライ大臣が死んでいると言えた理由は何かしら」
「それって、つまり―」
 アリアの中には、不穏な考えが先行して浮かび上がっていた。穏やかで、優しくて、おっとりしているイレーナ大臣。決まったわけでもないのに、頭の中では嫌な想像が駆け巡る。
「まぁ、待ちなさい。順番に整理していくわよ。
 イレーナ大臣は、ライ大臣が倒れていることを知っていた。きっと私達や警備兵が来るよりも前に、部屋の中を覗いたのね。だから、階段を上る音が聴こえなかった。階段を上る音がしなかったということは、私達より後に階段を上ってないということ。また、警備兵に見つかっていないことから、彼らよりも先に到着してたことになる。私達が到着するまでは、警備兵が部屋にいたからね。
 ここで、さらにもう一つ。さっき書斎を見たら、つい最近、誰かが慌てて資料を抜き取ったような跡があったわね。資料が抜かれたと分かるような状態で、見つけやすい位置にあったからよ。
 以上のことから言えることは一つ。イレーナ大臣は書斎にいた。警備兵が階段に戻り、私達が部屋に入ってから何食わぬ顔で後ろに立った。殺人を犯してから書斎で資料を回収したのか、資料の回収だけして殺人には関与していないのか。それは分からないわ。犯人じゃないにしても、同じ階にいたのだから何か知っているはず。
 早速明日、アクア王国へ突撃ね」
「さすがですわ、エリリカ様。すぐに準備致します」
 エリリカの推理を聞いて、アリアは大きく感動した。たった少し捜査しただけで、これだけの推理を披露してしまう。アリアには全く見当もつかなかっただけに、エリリカの推理力には尊敬させられた。
「はぁ、困るわ」
「何がですの」
「この天才的な推理力でアリアがまた惚れ直しちゃう」
 今の言葉には返事をせず、無言でポケットから懐中時計を取り出した。時間は十九時半を回っている。アリアは慌てて報告した。
「大変ですわ。もう十九時半になりました」
「ちょっと! なんで無視するのよ。私の話をちゃんと聞いて・・・・・・って、え、十九時半っ!? やばいじゃないの。訪問することを伝える手紙を書かないと。今日の郵便配達の時間に間に合わなくなる」
 郵便物は一日に二回配達される。十時と二十二時だ。それは、関所が九時から二十一時までしか通れないからである。関所が開く時間、関所が閉まる時間、それぞれの時間から一時間後に、配達は開始される。十時からは、二十一時から九時までの郵便物を配達する。二十二時からは、九時から二十一時までの郵便物を配達する。時間までに関所の郵便箱に郵便物を入れておくと、配達してもらえるのだ。
 配達員は一回の配達につき、二人ずつ任命される。これは、フレイム王国側に二人、アクア王国側に二人という意味。二人の配達員も、それぞれの国で担当区域が決まっている。関所から城までの区域に一人ずつ。城から関所と反対側までの区域に一人ずつ。なお、後者の区域を担当する配達員は、最初に城へ届けるよう決められている。何人もの配達員が、毎日欠かさずに繰り返している仕事だ。
 エリリカ達が焦っている理由は、もうすぐ郵便物の受付を締め切る、二十一時になるからだ。
 フレイム城には、エントランスに小さな箱が設けられている。二十時までにこの箱に郵便物を入れると、執事が当番制で関所まで持っていってくれる。城に住んでいる者、働いている者は誰でも利用可能だ。今日はライ大臣の葬儀をするために、沢山の招待状を出した。箱は手紙で埋まっている。葬儀は数日先だが、早めに招待状を出すことにしたのだ。大事な招待状なので、関所まで持って行く仕事は、執事長のトマスが任されている。
 エリリカはイレーナ大臣宛てに、明日訪問する旨の手紙を書いた。エントランスにある箱まで、二人で手紙を入れに行く。
「これで一安心ね。明日、イレーナ大臣に話を聞けば、事件が解決するかもしれない。やっと、やっとよ」
「日数にしては短いですけれど、長かったですわね」
 エリリカが囁くように言うので、アリアの声も自然と小さくなる。
「アリア」
「はい」
「ありがとう」
 エリリカは横にいるアリアに対して静かに微笑んだ。アリアも静かに微笑み返す。
 が、事件はこれで終わらなかった。

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