エピローグ 完全なるハッピーエンドには遠くても
エリリカは、アリアの腕を勢いよく捕まえる。まるで、一生逃がさないとでも言うように。突然のことで、アリアは反応に遅れてしまう。
「私、エリリカ・フレイムとメイド長のアリア・アカシアも結婚することにしました」
「・・・・・・え、え、ええっっ!!!!」
アリアが珍しく大声を上げる。こんな話は聞いていない。そもそも、アリア自身は一度も了承したことがない。エリリカの発言に一番衝撃を受けたのは、当事者であるアリアだった。あまりの衝撃に、声が裏返る。
「あの、そのようなお話は聞いておりませんわ。そもそも、『結婚することになりました』ではなく、『結婚することにしました』ってどういうことですの」
「どうもこうもないわよ。セルタ王子とアスミを見て良いなと思ったから、今、私が決めたのよ。だから、『することにしました』で間違ってないわ。大体、前から何回も言ってるじゃない」
「いえいえいえいえ。駄目に決まっていますわ。ただのメイドである私なんかと―」
「それを言ったら、あの二人を否定することになるわよ」
視線の先には、セルタとアスミが並んで立っていた。エリリカの言う通り、あの二人は王子とメイドの身分。アリアの言い方だと、あの二人を否定していることになる。
アリアは苦々し気な表情を作った。
「図りましたわね」
「当たり前でしょ。絶対結婚するって言ったんだから、この私が。どんな手段を使ってでも、誰かを利用してでも、アリアを手に入れる。それに、アリアは私のこと大好きじゃない。何の問題があるのよ」
「ううっ。どうしてそれほど自信過剰なのですか。一度も好きと申しておりませんのに」
「いや、バレバレよ」
あれで隠していたつもりなのかと、エリリカは呆れを通り越して驚いてしまう。それを見ていたクレバ医師は、髭を触りながら笑い出した。
「良いではないですか。王子様とアスミさん、姫様とアリアさん。どちらの結婚式にも呼んで下さいな。楽しみにしておりますぞ」
「ふむ、そうだな。わしもどちらの結婚式にも呼んでもらおう。わしらの過ちを繰り返さんように、セルタとエリリカ姫には頑張ってもらいたいからな」
「そうね。あなた達なら良い国を作れると思うわ。少しでも両国の仲を取り戻して欲しい。二度と戦争が起こらないように」
ダビィとミネルヴァまで乗り気になっている。トマスは恭しくお辞儀をし、皺の増えた顔に幸せそうな笑みを浮かべる。
「セルタ王子とアスミさん、お嬢様とアリアさん。二組の結婚式は、微力ながらお手伝いさせて頂きます。素敵な結婚式をお約束致します」
最後、全員の視線がまたもやローラに向けられる。珍しく彼女は動揺していた。
「え、あたしも!? いやいや、ちょっと待って下さい。あたしはこの事件の犯人ですよ。皆と仲良く結婚式してる場合じゃないんですって」
「何言ってんの。あなたには『私とアリアの結婚式』を盛大に祝ってもらうわよ」
「お、鬼だ」
エリリカは腹黒い笑みを見せた。ローラにとってはこれが、どの刑罰よりも重いものとなるはずだ。
おふざけモードを解除して、エリリカは真剣な表情に戻る。
「あなたのやったことは最低よ。人を四人も殺してる。イレーナ大臣に関しては、罪を擦りつけるためにね。私のお父様やお母様、それからライ大臣のやったことも最低の極み。でもこれは、三人とマーク大臣、ダビィ王、ミネルヴァ女王、イレーナ大臣、ローラの問題だわ。コジーとエリーの娘だからって、謝る必要はないと思ってる。しかしね、謝らないと言っても、私は国のトップに立たなきゃいけない。両国の仲を修復していく必要があるわ。それが王として、女王としての義務だから。
あなたに必要な罪滅ぼしは、牢獄に入って一生を過ごすことじゃない。国のいざこざに巻き込まれて死んだ大臣の娘として、両国の関係を修復していくことよ。牢獄に入るだけが、罪を償う方法ではないわ。それに、あなたは目的を果たしたんだから、殺したい人間はもういないでしょ」
「ま、まぁ。それはそうですけど」
エリリカの長々とした演説に、ローラは圧倒されていた。何を言えばいいのか分からず、言葉に詰まっている。
どうなることか、とハラハラしていたアリアには、次の言葉を予想できるはずがない。
「今日からローラをフレイム王国の大臣に任命する」
「なるほど。そうきましたか」
何とかローラは驚きを隠している。罪を暴かれて、大臣にされるとは思っていなかった。アリアだって、昨日用意した任命書を、すぐ使うことになるとは思ってもみなかった。
しかし、ローラにはきちんと伝わっている。エリリカは、父を殺されたローラに同情して、大臣に任命したわけではない。彼女が考えた中で、それが最善策だっただけ。国同士のマウントの取り合い。この愚かな行為に巻き込まれて殺された、一国の大臣。その娘も大臣となって、二つの国の橋渡しをする。
十五年間、ローラは復讐だけを目的として生きてきた。ただ、それだけのために。今度は明るい未来のために生きる。罪が許されるからではない。国同士の仲を修復し、自分のように、大切な人を失う人間を出さないために。同じ理由で、同じ罪を背負う人間を出さないために。
「皆様。ご迷惑、と言う言葉では言い表せませんが、とにかく、本当にごめんなさい。お嬢様の仰る通り、国の仲を修復し、同じ道を歩む人が出ないように、全力を尽くします」
この日初めて、ローラが頭を下げた。髪が乱れるのにも構わず、一心不乱に謝り続ける。
ローラの気持ちが届いたのか、この場の雰囲気が温かくなる。
「そういうことでしたら、あの、僕も微力ながら力をお貸しします。僕達はアクア王国、エリリカ姫達はフレイム王国。それぞれをもっと良い国にしていきましょう」
「セルタ王子をお支えできるように、私は政治について勉強致します」
セルタとアスミは横に並び、力強く宣言する。
「わしとミネルヴァは引退して、両国のサポートにつこう。困った時はいつでも頼ってくれ」
「もう、あなたったら。せっかく良い流れなんだから、そんなぶっきら棒に言わなくても良いじゃない。それに、いきなり引退したら引継ぎが大変よ。当分は今のままで、二人には私達のやり方を勉強してもらいましょう」
アクア夫妻は息子の成長に感動している。ミネルヴァは笑っているが、ダビィは泣きそうだ。
「私は執事長として、引き続きお屋敷を守っていきます。使用人の育成にも力を入れなければなりませんね」
「僕は城の関係者ではないですが、医師として多くの命を救いたいですな。何かあった際には、またいつでも呼んで下さい」
トマスとクレバ医師もエリリカの考えに賛成する。積極的に協力する姿勢を示した。
あとは、アリアの意思を確認するだけ。
「アリアさんはどうするんですか。あ、もちろんお嬢様をやめて、あたしに乗り換えるのもありですよ。前に言ったこと、覚えてますか。『二人だけでどこかへ行きませんか』ってやつです。あれ、本気ですからね。アリアさんと二人だけで、生きていきたいと思ったんです」
「はぁ!? ちょっと待ちなさい。何の話よ、それ。アリアが選ぶのは私に決まってるわ。そうよね! さぁ、早く首を縦に振りなさい」
エリリカはアリアの両肩を掴んで、勢いよく前後に振る。アリアは軽い脳震盪を起こしそうになった。
「お、お待ち下さいませ。それほど振られたら、脳細胞が壊れてしまいますわ」
「あら、ごめんね」
エリリカはペロッと舌を出して謝る。
そんなことをしなくたって、アリアの心は決まっている。たった一つ。これだけがアリアの答えだった。これを言うまでに、どれほどの歳月が経ったのだろう。言いたくて、言いたくて、堪らなかった想い。自身の心にしまい込んで、鍵を掛けていた。溢れ出しそうな気持を飲み込んでいた。
エリリカの真っ直ぐな瞳が、ただ美しかった。それに見合う自分になりたいと、ずっと努力してきた。今回の事件を通して、エリリカの隣に相応しい人間になれただろうか。支えられていただろうか。でも、彼女の笑顔を見ているだけで、そんな細かいことはどうでも良くなる。
素直に、真っ直ぐに、自分の気持ちをぶつけよう。エリリカに教えてもらった「自分の意思」を言葉にするだけ。アリアはそう決心して、胸の前で祈るように両手を組んだ。
「エリリカ様、私は―」
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