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第33話 再びメモ

『お前の罪を知っている』
 今までの文章とは明らかに異なる。このメモが届いた時、イレーナ大臣はどんな顔をしたのだろう。アリアには想像がつかなかった。このメモは、今までのメモ用紙と同じ種類。文字はあからさまに崩していた。封筒の文字が判別できないように書かれていたのだから、メモの方も崩して書くのは当然である。やはり、文字から送り主を特定することはできそうにない。
 今回は事前に脅迫文があると聞いていたが、文字の持つ威力には勝てなかった。アリアは息を止めてしまう。今までと同じように、「お前」「罪」という単語が書かれたメモ。アリアはそれを、ただただ黙って見つめていた。
 やがて、エリリカから発せられた言葉で現実に戻ってくる。アリアは頭の中の靄を払いのけるように、意識をはっきりさせた。
「このメモが脅迫文だとしたら、ここにある『罪』が三人を殺したことを指しているのね。私達の他に捜査をしている人はいないはずだから、犯行現場を見たのかしら」
「『お前』はイレーナ大臣、『罪』は二つの事件のこと、以外に受け取れませんものね。脅迫に出たということは、事件を黙っている事への見返りを求めるはずですわ。ですが、ここには何も書かれておりません。最初に恐怖を与えて、後に見返りを求めるつもりだったのでしょうか」
 封筒同様に、メモにも余計な文章が書かれていない。『お前の罪を知っている』という簡素な文字しかないのだ。犯人からの要求がないのが不自然に思える。
「そこが不思議なのよね。ここに自分の名前を書いた場合、イレーナ大臣が自殺したら、脅迫したことがバレる。これはあると思うんだけど、アリアに同じく、要求がないことが不自然なのよね。とにかく、このメモを書いた人物が誰なのか、探す必要があるわ」
「でもどうやって」
 エリリカは周りを見るふりをして、さり気なくアクア夫妻に背を向けた。アリアにだけ見えるように、ゆっくりと口を動かす。
「毒。作り方」
 アリアはエリリカの言いたいことが分かった。三種類の薬を混ぜて作る毒は、ごく一部の限られた人しか知らない。犯人は城内をよく知る上に、警備兵に怪しまれない、城の関係者であることは突き止めている。この犯人像の中で、毒の作り方を知っている人物を炙り出せば良い、ということになる。
「机の上もこれで終わりかしら」
 エリリカは机から離れると、反対にある本棚に向かって歩き出した。いくつかある本棚には、隙間なく本が並べられている。どれも難しそうな文献ばかりで、国の発展のために研究していることが伺える。
「イレーナ大臣は研究熱心だったのね」
「文献の数が多いですものね。尊敬しますわ」
 エリリカは自然な流れで本を手に取る。アリアも目で追いながら、目ぼしい本は開いて確認する。
 フレイム城の書斎から持ち去られた資料。フレイム王国の王コジー・フレイムと女王エリー・フレイム、大臣のライ・クルー。盗まれた資料には、三人が犯した罪が記録されているはず。エリリカの推理でイレーナ大臣が持ち去ったことは分かっている。
 集中して本の間や棚の奥を探す。ページの余白には、メモ程度の書き込みが大量にされていた。余白が足りずに、付箋で文字を追加しているページもある。
 ずっとページを捲っているせいで、黒文字がグニャグニャ動いているように見えてきた。そろそろ目が疲れてきたという頃、エリリカが小さく声を上げる。
「やったわ! やっと見つけた! アリア、調べ忘れている所はないわね」
「はい。この部屋は調べ尽くしましたわ」
「良し」
 エリリカは、見つけた資料をこっそりアリアのポケットに入れる。それがバレないように、アクア夫妻に向けて元気にお礼を言った。
「ダビィ王、ミネルヴァ女王、ありがとうございます。必ず真実を突き止めてみせます。どうか、お待ち下さい」
「もう、良いのか。本を見ていただけのようだったが」
「お疲れ様。事件関係なく、いつでも遊びに来てね」
 ダビィはいつものクールな表情だが、ミネルヴァは上品な笑みで手を振っている。アクア夫妻に見送られて、エリリカ達はアクア城を後にした。
 二人の姿が見えなくなったところで、エリリカは手にある入れ物を持ち上げた。おにぎりを入れた物とお茶を入れた物。中からは、微かに物が傾く音がする。
「資料は帰ってから読みましょ。次はクレバ医師の元に寄って、これを届けるわよ」
「先ほども申しましたけど、そちらの荷物は私がお持ちします。エリリカ様に持たせるのは、メイドとして失格ですもの。そもそも、お荷物を持たせている時点でじっとしていられませんわ」
「嫌よ。大事な荷物だから私が持つわ。そもそも、私だってアリアに持たせたくないし」
 アリアが不機嫌そうに抗議の声を上げる。しかし、エリリカだって負けていない。こういう時、二人の間には決まって行うことがある。
「これは」
「ジャンケンで勝負ね」
 エリリカとアリアはお互いに右手を出した。
「「最初~はグーッ、ジャ~ンケ~ン―」」

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