第15話 ライ・クルー大臣②
フレイム夫妻の葬儀の日。皮肉にも、気持ちが良いほどの晴天だった。アリアは、エリリカの部屋の窓から外を見る。鳩が元気に大空を羽ばたいていた。
エリリカの気持ちを軽くしようと、アリアは明るい声で話しかける。
「最近は鳩を見かける頻度が高いですわね。よく飛んでいる気がしますわ」
「そうね。とても綺麗な翼だからこそ、この汚れた状況とは別物だわ。眩しいくらいよ」
「エリリカ様が弱気になっていてはいけませんわ。これからは国のトップとして、統治していかなければなりませんのよ。しっかりして下さいませ!」
いつもより少しだけ大きな声で、エリリカに喝を入れる。エリリカに力を与えられるのはアリアだけ。アリアの一声が、彼女の「強い意思」に変わる。エリリカが折れればアリアが支えるし、アリアが折れればエリリカが支える。
エリリカははっとして、いつもの強気で堂々とした態度に戻った。
「ありがとう、アリア。やっぱりあなたがいないとダメね。私はフレイム王国の王にして女王よ。お父様とお母様のために立派な葬儀を行って、安らかに眠ってもらわなきゃ」
「それでこそ、エリリカ様ですわ。そろそろ食堂に行って朝食にしましょう。それから今日の予定を再度確認し、私とトマスに指示をお願いしますわ」
二人で食堂まで降りて行く。すでに、執事長のトマス・ルートが控えていた。トマスは一言「おはようございます」と挨拶をする。彼らしく、いつも通りの皺一つない燕尾服に、きっちり固めた白い髪という出で立ち。
エリリカとアリアがトマスに挨拶を返す。彼はそれを聞いて、厨房まで朝食を取りに行く。入れ違いに、ライ・クルー大臣が食堂に入ってきた。丸っとした体を大きく揺らし、息を荒らげている。ライ大臣の顔色は真っ青で、灰色の瞳からは怯えが見て取れる。
「ひ、姫様。・・・・・・お、おはようございます」
「おはよう。そんなに慌ててどうしたの」
一昨日の会話もあって、エリリカは不審そうにライ大臣を見る。彼女ほどの推理力がないアリアにも、ライ大臣に何かあったことは想像できた。
「お、お気になさらず。それより、トマスはここにはおりませんか」
「トマスなら私の朝食を取りに行ったわ」
「そうですか。ありがとうございます。それから大変申し訳ないのですが、わしは体調がとても悪いのです。コジー様とエリー様の大切なご葬儀ですが、本日はお部屋で休ませて頂きます。それでは失礼しますぞ」
ライ大臣は一方的に要求を話すと、すぐに食堂から出ていった。一昨日のアスミといい、慌てる人が多いことこの上ない。
「どうしちゃったのかしら。とても急いでるみたいだったけど」
「私にも分かりませんわ。体調が悪いと仰られていましたけど、大丈夫でしょうか。確かに、顔色が優れないご様子でしたわ」
五分くらい経ってから、トマスが食堂に入ってきた。両手に持ったお盆の上には、美味しそうな料理が並んでいる。良い匂いがアリアの鼻孔を刺激した。
「お待たせして申し訳ありません。こちらが本日の朝食でございます」
「ありがとう。ねぇ、あなたのところにライ大臣が行かなかった?」
「いらっしゃいましたよ。どうも慌てているご様子でしたね」
ライ大臣の様子を思い出したのか、トマスは軽く首を傾げる。アリアの位置からは首の皺がはっきり見えた。
机に料理がないのを良いことに、エリリカは両手をついて前のめりになる。
「どうしてトマスを探していたのか、聞いても良いかしら」
「よろしいですよ。どうぞ、せっかくの朝食が冷めてしまいますので、お召し上がりになりながらお聞き下さい」
「分かった。そうさせてもらうわ」
トマスはエリリカの前に朝食を並べる。彼が一歩下がるのを見て、エリリカは「いっただっきま~す」と元気よく手を合わせた。
「ライ大臣は体調が優れないようなので、本日はお部屋で休息をお取りになるそうです。私には、お部屋に様子を見に行かなくても良いこと、食事などを運ばなくても良いことを仰いました。その代わり、軽食と飲み物が欲しいとのことでした。以上のことをコック長に伝え、軽食と飲み物をご用意致しました。ライ大臣はそれをお持ちになって、お部屋に戻られました」
「ライ大臣の昨日の様子はどうだった。トマスから見て体調が悪そうだったとかある? 私は葬儀の準備が忙しくて、昨日はライ大臣に会っていないのよ」
お手上げとでも言うように、スプーンを持ったまま両手を上げる。アリアはお行儀が悪いなと思いつつも、話の腰を折らないように黙っていることした。
トマスは少しの間考えて、思い出したことを口に出す。
「大浴場の準備を終えたところ、入浴にいらした際にお会いしたのが最後です。夜の九時頃でしょうか。その時は、いつも通りお元気でいらっしゃいました。お顔の色も良く、『仕事が一段落したからゆっくり入る』と、むしろ上機嫌でした。本日のライ大臣の顔色を拝見する限り、とても昨日の状態とは思えません」
「なるほどね。今日は体調が悪いと言っているのだから、昨日の時点で取り繕う必要はないってことかしら。今日は明らかに顔色が悪かったし、昨日の元気な状態が取り繕われたものだと思えない。つまり、ライ大臣の体調が悪くなったのは、昨日の夜から今日の朝にかけてってことね」
トマスは静かに頷く。
アリア自身も昨日は葬儀の準備をするため、エリリカに付きっきりだった。当然、ライ大臣には会っていない。昨日の状態が分からない以上、エリリカの推理に同意だった。
「この一晩で風邪を引いたのかしらね。仮病には見えないし、そっとしておきましょ」
エリリカは右手のスプーンを置いて、元気良く「ごちそうさま」と手を合わせた。食器からは、食べ物が綺麗になくなっている。
「よし、二人とも今日の役割分担を言うから、把握と伝達よろしくね。今のフレイム城は、お父様達が亡くなったことで混乱しているわ。今日の役割は一昨日の役割と同じにしようと思うの。
トマスは料理の運搬や管理の指示。アリアは私と一緒に挨拶回りや葬儀の進行。アスミはワインの準備がないから、ローラと同じことをしてもらうつもり。アスミとローラは、大広間や墓地の見回り。お客様の要望はできる限り聞くように言っておいて。三人以外のメイドは、トマスの指示に従って料理の運搬や会場、墓地周りの整備。トマス以外の執事は、警備団の人と一緒に会場内の警備や見回りを。前回同様、三階に上がる階段二箇所に警備の人を配置して欲しい。二箇所に二人ずつだから計四人ね。二時間で交代して欲しいから、更に四人、計八人にお願いするわ。人員はトマスに任せる。それと、交代の際の注意事項があるからそれも伝えて。交代する時には、もう一組の警備の者が来るまで、休憩室にはいかないこと。階段に二人が来たことを確認してからの交代を厳守よ。階段の警備において、無人の状態を作らないようにしてね。もし階段を離れる必要がある場合、どちらか一人が移動して、どちらか一人は残るように徹底して。
あっ、そうそう。大広間で葬儀をする時だけ、アスミは仕事なしよ。ワインを運んだこと、相当落ち込んでたみたいだからね。アスミの気持ちが少しでも楽になるなら、大広間で一緒に弔いましょって伝えておいて。
以上、何か質問はある?」
エリリカが二人を見回すと、揃って首を横に振った。前回と同じ役割だから、分からないことや疑問点は何もない。
二人は軽くお辞儀をする。トマスは食器を持って食堂を出ていった。アリアも彼に続いて部屋を出ていく。
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