歯ぎしりとラベンダー
歯ぎしりとは
歯ぎしりとは「ブラキシズム」と呼ばれる非機能性咬合習癖の一形態である。寝ている時に起こる場合を睡眠時ブラキシズム、起きている時に起こる場合を覚醒時ブラキシズムと呼ぶ。起きている時に起きる歯ぎしりは、簡単に言うと「癖」であるが、睡眠時の歯ぎしりは中枢性であり、睡眠関連疾患と考えられている。
睡眠中の歯ぎしりは、自身の睡眠障害やQOL低下を引き起こすだけでなく、一緒に寝ている人など周囲に影響を及ぼすこともあり、治療対象となる。
ただし、睡眠時の歯ぎしりは、個人によって原因が様々であるため、確実に抑制できる治療はない。これまで行われてきた治療としては、歯ぎしりそのものの治療というより、マウスピースなどを用いて関連する症状(歯の摩耗、知覚過敏、肩こり、顎関節部の筋肉の痛み、顎関節症、歯周病の悪化等)を改善させる目的で行われてきている。
歯ぎしりとストレスの関係
歯ぎしり・くいしばりは 睡眠と覚醒との関連はなく、ストレスの自覚とも関連が見られないとする報告(1)がある一方、背景にストレスが関与していると考えられる症例に抑肝散を処方したところ、睡眠時の歯ぎしりが改善したとする報告(2)もある。なお抑肝散とは、怒り・イライラ・不眠などの精神神経症状を和らげる効果があるとされる漢方薬である。
レム・ノンレム睡眠と歯ぎしり
睡眠には、脳が活発に働いており、記憶の整理や定着が行われるレム睡眠と、大脳が休息し、脳や肉体の疲労回復のために重要だとされるノンレム睡眠とがあり、かつノンレム睡眠は眠りの深さにより3つの段階に分けられる。睡眠中の歯ぎしりは、大脳が休息しているノンレム睡眠のうち、浅いノンレム睡眠(睡眠段階1や2)時に発生する。より詳しく述べるとくわし
く調べると、特に睡眠周期の後半の浅いノンレム睡眠に多く認められる。
睡眠時の歯ぎしりを起こしやすい人
睡眠時の歯ぎしりを起こしやすい要因として、以下の5つが挙げられる(3)。
①睡眠障害
不眠症や睡眠時無呼吸症候群、むずむず脚症候群などの睡眠障害を持っている人に歯ぎしりが多く見られると報告されている。
②薬剤
選択的セロト ニン再取り込み阻害薬などの抗うつ薬、メチルフェニデート(コンサータ®、ADHD治療薬)などの精神刺激薬といった、中枢神経に作用するような薬の服用が睡眠時の歯ぎしりを悪化させると報告されている。
③嗜好品
アルコールは睡眠を浅くすることが知られている。
カフェインは眠気覚ましとして有名である。
睡眠前の過度な飲酒・喫煙、カフェインの過剰摂取など、睡眠の質に関係する嗜好品も睡眠時の歯ぎしりを悪化させる可能性がある。
④性格、ストレス
ストレスはやはり歯ぎしりを悪化させる。
寝ている時に歯ぎしりをしやすい人の特徴として、不安を感じる傾向があり、ストレスレベルが高いことが挙げられる。また、同一人物であっても、日中に経験したストレスによって夜の歯ぎしりの程度が変化することが報告されている。
⑤遺伝的要因
歯ぎしりのある人の家族・親族では、50%程度で歯ぎしりが見られる。また、双子において2人とも歯ぎしりをする確率は、二卵性双生児よりも一卵性双生児の方が高い。
治療
上記の、歯ぎしりを起こしやすい要因を見るとわかるように、夜間の歯ぎしりは睡眠の質と密接に関係している。遺伝や不安を感じやすい性格は改善が難しいが、寝る前のお酒やコーヒーを控えたり、ストレス発散を心掛けたりすることで歯ぎしりが減る可能性がある。
夜間の歯ぎしりを治す薬はないのだろうか?
ベンゾジアゼピン系薬や中枢性筋弛緩薬、ドパミン作動薬、β受容体遮断薬 では減少効果がない。クロニジン(商品名:カタプレス)の服用により、睡眠中の歯ぎしりが60%程度減少したとの研究報告がある。クロニジンによって血圧が低下し、興奮物質のノルアドレナリンを抑えられることで歯ぎしりを減らすということのようだ。ただし、血圧を下げる薬のため、低血圧を起こす可能性にも注意が必要である(4) 。
美容分野で用いられることが多いボトックス注射は筋収縮力を低下させるため、歯ぎしりを弱める効果があるものの、歯ぎしりの回数を減らす効果はない。ボトックスの効果は3~4か月程とされているが保険適応外のため自由診療の範囲となり、10〜15万円程度かかる。
嗅覚と歯ぎしり改善
先行研究から、香りには睡眠作用やリラックス効果があると評価されていることから、睡眠障害に対する治療として補完療法である香りによる嗅覚刺激に注目した研究がある(5)。実験では空調管理された室内でラベンダーの香りを嗅がせた群とそうでない群とに分けており、ラベンダーの香りを嗅いだ群で優位に歯ぎしりが減ったと結論付けている。なお、ラベンダーの香りは、アロマディフューザーを用いて1回10分の噴出を30分毎に実施している。
ちなみになぜラベンダーかというと、ラベンダーから抽出された「リロナール」という物質が抗不安作用を持つためのようだ。リロナールは中枢のベンゾジアゼピン受容体を直接活性化することで抗不安作用を呈するとされている。
参考文献
(1)伊西口初音氏ら、歯ぎしり・くいしばり患者に対する歯科衛生士の対応の考察、日本歯科衛生学会雑誌18巻1号、Page119
(2)椛島浩明氏ら、抑肝散が著効した睡眠時歯ぎしりの2例、日本東洋医学雑誌74巻2号、Page134-138
(3)馬場一美氏、睡眠生理学からみる睡眠時ブラキシズムの病態とリスクファクター、デンタルハイジーン41巻1号、Page78-83
(4)加藤隆史氏ら、睡眠時ブラキシズム、日本臨床78巻増刊6、Page528-532
(5)大川穣氏ら、嗅覚刺激による睡眠時ブラキシズムの抑制、日本顎口腔機能学会雑誌25巻2号、Page87-101
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