IBN寮物語—花見1—
相部屋の裕紀さんとの二人部屋での共同生活が始まってしばらくすると、裕紀さんから今週土曜日の午後一時に川内南キャンパスでIBN寮の花見があるから参加するようにと言われた。残念ながらその日は先約が入っていたのだが、その先約は川内北キャンパスだったので、歩いて10分もすれば、川内南キャンパスの花見会場にたどり着く。そのため、「後で行けたら行きます」と答えた。もちろん、この答えを言った私は毛頭、花見に参加するつもりはない。
というのも、この先約というのが、新入生男子3名と新入生女子3名の男女混合チームでバレーボール大会に参加することを意味しているからだ。こういったバレーボールを通して、女子学生との仲を深め、あわよくば清純異性交遊のきっかけを掴みたいと思っている私にとって、男子大学生だらけのIBN寮の花見に行くメリットは全くない。
土曜日当日の午後1時からバレーボール大会が川内北キャンパスの屋外バレーボールコートで開催された。私のチームは女子学生3名が中学・高校のバレーボール経験者であり、男子大学生一人が中学のバレーボール経験者、もう一人の男子大学生は100メートルを10秒台で走る運動神経抜群の人間である。私にバレーボールの経験はほとんどないが、私以外のメンバーの能力が圧倒的に高いので、順調に大会を勝ち進んでいった。
2回戦を勝ち抜いた午後2時頃に、IBN寮の鹿本が川内北キャンパスのバレーボールコートに現れ、「Y、花見始まっているから、来いよー」とわざわざ言いにきた。私はもちろん「後で行けたら行く」というが、毛頭行くつもりはない。試合中はもちろん試合後の何気ない女子学生との会話がとても楽しく、大学生としての爽やかな青春が始まった、と実感しているからだ。IBN寮内の花見という黒いものには出来るだけ近づきたくない、というのが本音である。
3回戦を勝ち抜いた午後3時ころに、今度は北王子がバレーボールコートに現れた。彼は「Y、皆、口上しているから、早く来いよー。ていうか、早く来ないとやばいことになるよ」とわざわざ言いに来た。彼の服には既に口上の痕が見えており、そこから容易に口上指名の嵐が行われていることは容易に想像できた。しかし、私は「試合が終わったら行く」と答えつつも、出来るだけこのバレーボールチームで過ごす時間を引き延ばそうと思っている。というのも、私の関西弁が東北出身の女子学生らにとっては新鮮なものに映るようで、もっと話したい、と言われているからだ。私ももっと話して、彼女らと電話番号を交換するくらいまで仲良くなりたいとと思っており、もう少しでそこに手が届きそうな感触がある。
準決勝で敗れて、3位決定戦で勝利した我々バレーボールチームは商品としてのお菓子を全員で分け合い、お互いの健闘をたたえ合っていた。そして、どこからともなく、少し早いけど、一緒にご飯でも食べに行く、という流れになった。もちろん、皆で行こうとなって、バレーボールコートを後にしようとすると、「〇〇を殺す!」「〇〇を殺す!」とおよそ青春に相応しくない言葉が遠くから聞こえてきた。そして、その声が近づいてくると、どうも「Yを殺す!」「Yを殺す!」と叫んでいるのに気付いた。
そして、その声の方を遠くから凝視すると、その声の主がIBN寮内の裕紀さんで、両隣には猪俣と嘉門を従えていることに気づいた。否、この場合は「飛露喜さん」と言った方が良いだろう。そこで私は観念し、バレーボールチームに花見に行かないといけないから、皆と一緒にご飯はいけないと言い、その場を離れた。私の爽やかな青春物語はそこで強制的に幕を閉じることになった。
その場を離れるとすぐに飛露喜さんに絡まれ、川内南キャンパスに向かわされた。そこには、想像以上の地獄絵図が待っていた。