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IBN寮物語—北王子、見参—

 鹿本がピルクルを持って、1階談話室に戻ってきた。そこで嘉門と話している。後日談ではあるが、この二人は理学部で最も奇抜なツートップとして理学部内で知られることになる。理学部は奇人の巣窟と言われているため、そこで奇抜であるということは、奇人中の奇人といえる。一般の新入生約2000名がこの2人と遭遇する可能性は約千分の1であるが、IBN寮内の新入寮生12名では6分の1となる。つまり、日常的に奇人に遭遇するのである。
 さて、そうこうしていると、1階談話室の扉が開き、新入寮生が入ってきた。北王子金時といい、鹿児島県出身で、教育学部に所属している。北王子はパーマを軽くかけており、少し茶色い髪の毛で、まつ毛が長く、水色のカーディガンを羽織っており、ファッションに季節感がある。鹿本のヨレヨレのチェックシャツや嘉門のオレンジ色のジャージと比べても、北王子が明らかにおしゃれであることはよく分かる。実際、彼は洋楽を頻繁に聞いており、イギリスのロックバンドなどについても相当詳しい。彼なら仙台駅前を歩いていても、違和感なく周囲に溶け込めるだろう。しかし、話してみると、一般人とかけ離れた感覚を持っていることが分かる。
 北王子は高校の頃に剣道をやっていて、剣道2段の腕前なのである。そして、彼の提唱する「剣道3倍段」という理論に依れば、柔道や空手が剣道家と対等に戦うにはその3倍の段がいる、ということになっている。つまり、剣道2段の彼と戦うには柔道6段や空手6段の腕前が必要ということになる。彼が言うには、柔道家や空手家は近接戦闘なので、4歩ほど間合いを詰める必要があるが、その前に剣道家は木刀で一撃を与えられ、かつ、それが致命傷になるので、それくらいの力量差がつくという。そして、彼は薙刀(なぎなた)が剣道よりも間合いが広いため、「薙刀9倍段」という理論を持っている。つまり、薙刀初段の人間と対等に戦うには柔道・空手9段である必要がある、と言う。
 とここまで話を聞いていると、薙刀や木刀といった武器を使った武道を極めることに興味があるようなので、そういった部活に入るのか、と言うと、「いや、合気道部に入る」と言う。いやいや、今まで薙刀や木刀の利点を主張していたではないか、と言ってみると、「近接戦」もやってみたい、と言う。では、「剣道3倍段」「薙刀9倍段」というのを無手(武器を持たない)側から試してみたい、と言うことか、と改めて聞くと、いや、そういう危ないことはしたくない、と言う。というか、剣道2段は高校で3年間部活をやっていれば普通に取れるし、自分は剣道もそんなに強くない、と言う。自分はただ袴が好きなんだ、と言う。
 北王子と話していると初めは理路整然と情熱的に話しているのだが、具体的に実行する話になると途端に当初の理論を離れて、別の話になっていく。ただ、当初の理論はそれなりに他人を説得させたり、興味を持たせたりする内容で、発想や着眼点は面白い。
 サッカーで例えると、彼はファンタジスタの一種であり、前線に置いておけば、奇抜なアイディアで状況を打開してくれるだろう。

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