ステラおばさんじゃねーよっ‼️⑦最涯ての夢
👆ステラおばさんじゃねーよっ‼️ ⑥なにげない関係〜カレーライスの海 は、こちら。
🍪 超・救急車
幾度こちらが手を伸ばしても、その人の手には、あと数ミリで届かない。
ミケランジェロが描いた礼拝堂の天井画『アダムの創造』。
神から生命を吹き込まれし前の、アダムと神の指先のようだ。
その人の顔自体、深く靄(もや)に包まれていて見えやしない。
ふたたび強い気持ちでおのれの手に全身全霊の力を集めてはみるものの、その手の指先寸前で力は滞り、静止画のように止まってしまう。
結局結ばれない手と手の距離は、銀河の最涯てを想わせて、やりきれなさだけが残っていた。
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涙の厚みで、目が醒めた。
そしていつも通り、夢の詳細は覚えていなかった。
かなり寝醒めが悪いので、カイワレにとっていい夢ではなかったのだろう。
秋と冬の狭間に、繰り返し繰り返し感じる、起きた時のこの後味の悪さ…。
カイワレは、《夢感覚日記》と題し、例のSNSで今感じたばかりのやるせなさをぶちまける。
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@捨てLa
《夢感覚日記》今日の夢も何も覚えていない。ただ懐かしいものに触れられそうで触れられない…そんな感覚だけが残る、後味悪い夢を見た。何度も定期に見ている(だろう)夢。とにかく起きた時の寝醒めの悪さ。どうにかならないものなのか。
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ふと、カイワレは眼前に左手をかざしてみる。
この夢の感覚は、一体何を暗示しているのだろうか。
悪い夢の感覚を振り払うかのように、両手でパンパン頬を叩き、寝床から這い出ようとする。
「たいちゃん、おはよう」
「おはよう、ポーちゃん」
同居人のポーちゃんこと、犬村 詩(いぬむら うた)が、不意にカイワレの部屋の扉を開けた。
「よく、眠れた?」
「まあまあかな。また、いつもの悪夢を見たよ」
相手にわかりやすいように、おおざっばにすべての夢を【悪夢】と呼んだ。
夢の内容を思い出せず、疲労感だけ残るのだから、カイワレには【悪夢】を見ているのと変わりない。
「何かあるのかな、潜在意識のなかに」
眠たそうな目をしたポーちゃんが、カイワレを見ないで呟いた。
「ポーちゃん、今日休みだよね?もう少し、寝た方がいいよ」
「そうだね」と言いながら、カイワレが担当した雑誌の掲載記事を、ポーちゃんは薄目のまま読んでいる。
「そういえば若森さん、元気?」
「元気だよ、相変わらず」
「そう」
「つい最近もいつものカレー屋で【偶然に】会ったよ」
「へー。また、尾行されたの?」
ポーちゃんは、おどけた様子でカイワレに顔を向けた。
「かもしれないね」
カイワレは、無表情で答えた。
「本当に若森さんは、たいちゃんの事、好きだよね」
いたずらっ子のような笑顔で、ポーちゃんはカイワレを見つめた。
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もとよりカイワレには、《家族》と呼べる肉親がいない。
ポーちゃんは児童養護施設で一緒に育った、カイワレの《弟のような》存在だ。
カイワレを「たいちゃん」と呼ぶのは、ポーちゃんと寮母の聖(ひじり)先生くらいだった。
カイワレが捨てられた時、メモか何かに、《大根 太士朗(おおね たいしろう)》と本名が記してあったため、「たいちゃん」と呼ばれるようになったようだ。
そしてポーちゃんの名は【詩】であり、詩を英語に訳すれば【poem】。
何のひねりもないが、いつしか「ポーちゃん」と呼ばれるようになったみたいだ。
そして、ポーちゃんの姓は【犬村】。
名は体を表すという通りの性格で、座敷犬のようにカイワレに近づいてきては、愛くるしい表情や言葉で癒やしてくれる。
「たいちゃんは最近いい事あった?」
「いや、特には」
「そっかそうだよねー。そうそういい事なんて、起こらないよね」
「ポーちゃんは何かあったの、いい事?」
「……………」
「あったね、いい事!」とカイワレが言う前に、ポーちゃんはスクッと立ち上がり、
「また今度ゆっくり話すよ」
と言い残し、カイワレの部屋から出て行ってしまった。
カイワレは、じんわり胸の奥が温かくなった気がした。
そして、にやけている自分を感じた。
ポーちゃんに、いい事があった!
ポーちゃんが嬉しそうだと、いつもカイワレも嬉しくなる。
さっきまでの嫌な感覚が、まるで掃除機でホコリの塊をスポッと吸引した時のように、爽快な気分になった。
そして元気に布団を跳ねのけて、顔を洗いに行くのだった。
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